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小説 「六等星の煌き」 9

9.捕縛

 国家が発表した「新彗星」は、実際には【隕石】であり、それは次の新月の頃には この街に落ちる……という私達の予測は瞬く間に民衆の間に広まり、街の混乱は続いていた。
 流れ者の私達を信じない者が多数派ではあったが、避けられない死を恐れて街を出た人々の数は、数千では利かないだろう。
 駅や街道は人と車で溢れかえり、都市では珍しくなったはずの輓獣ばんじゅうや馬も頻繁に見かける日々が続いた。


 私は国立観測所のシアーズ元室長の弟だというケントに、身嗜みについて、会うたびに しつこいほど説いた。
「まずは、ひげを剃ってください!そして、髪を きちんと結って、服は綺麗に洗って、皺にならぬよう……」
私は生意気を承知で、年長者を相手に懇々と「説教」をした。
 彼の天文学に関する知識は本物だが、外見は いかにも【流浪人】といった感じで、見る人が不信感を抱いても、致し方ない。
 人々は確かに動き出しているが、私は今後も安定的に「隕石の話を信じてもらう」ために、彼には身嗜みを整えてもらいたかった。
 私は、彼のために護謨紐ゴムひもを買った。
「チッ。しょうがねぇなぁ……」
彼は渋々、癖のある長い髪を結い、ひげを剃った。
 しかし、ひげは朝のうちに宿で すっかり剃り落としても、夕方には もう伸びている。伸びる速さが、私とは まるで違う。


 知り合ってから4日目。彼は「海が死ぬ前に、リュウバの魚を食っておきたい」と言い、海鮮料理が食える店に私達を誘った。
 カンナは、誘いを断って あの兄妹の元へ行ってしまった。ここ数日、彼女は長旅に備えた自動車の整備と、あの兄妹と犬に食わせる食糧の調達に忙しかった。
 私だけは彼の誘いに乗って、魚を たらふく食わせてもらうことにした。店で向かい合わせに座り、彼は、いかにも漁師町育ちの平民らしい所作で魚や海老をむさぼり食いながら言った。
「俺達だって、逃げなきゃ死ぬんだぜ?ラギ坊……」
確かに、私達も、そろそろ動き出さなければならない。

 ケントは、リュウバの港に自分の船があるらしく、一日でも早く それに乗って、家族が待つ島に帰りたいのだという。
「大事な商売道具を失いたくないし、可愛い娘達を遺して、死ぬわけにはいかないからさ……」
「娘さんが、いらっしゃるのですか?」
「そう。娘ばっかり……7人」
「えぇ!!?」
「上の4人は、もう嫁に行ったよ。家には、あと3人、残ってる……」
残っている中で最も年長の娘は、まだ16歳だそうだ。その下の2人は14歳で、双子なのだという。
「何だか知らねぇけど……一時期、陸に上がるたびに、チビが増えてさ。しかも、うちの かみさんは、2回も双子を産んだんだ。…………みんな、どんどん大きくなるから、俺が、どれだけ “やばい物” を運んで稼いでも、まるで足りなくてさ……肩身が狭かったよ」
“やばい物“とは、武器か、幻覚剤の類か、錬成前の隕石だろう。取引や運搬には大きな危険を伴うが、高額な報酬が期待できる積荷の定番だ。
 積荷については、掘り下げるべきではない。
「……奥様は、ご健在なのですか?」
「あぁ、ぴんぴんしてるよ。産むたびに肝が据わって、どんどん恐ろしくなってさ。……今じゃあ、まるで虎みたいだ」
私の母が聴いたら、驚きのあまり卒倒しそうな話だ。
「一人くらいは、息子が欲しかったなぁ……」
「いつか、きっと良い婿が来ますよ」
「だと良いなぁ……」


 私達の皿が もうすぐ空になりそうという頃、店の中にズカズカと憲兵が押し入ってきた。10人近く居るだろう。物々しい雰囲気である。彼らは、食事をしに来たわけではなさそうだ。
 何かを言いかけたケントを、私は無言で制止した。
 憲兵達は、客の顔を見回した後、まっすぐ私達の席へと近づいてきた。

 彼らは、陸軍や海軍の兵士とは違う組織に属している。専門の養成機関で武器の扱いや素手による近接戦闘の訓練を受けているが、彼らが兵士のように戦場へ赴いて戦うことは無い。
 憲兵隊という組織は、帝都の警護や市中の治安維持および、軍部による不正を取締るために存在する。帝や貴族の生命を脅かす者を捕え、時に抹殺するのは もちろん、民間人による人殺しや盗みがあった場合も、罪人を捕縛するのは彼らの務めである。

 憲兵達は、私達が座っている席を取り囲んだ。
「ラギ・ワイルダーと……ケント・シアーズだな」
私は「はい」と応じ、ケントは「だったら何なの?」と、訊き返した。
「……もう一人の女は、何処に居る?」
答えるわけにはいかない。
「知らないなぁ。……今は、別行動なんだ」
ケントが、飄々と答える。
「我らと共に、来てもらおう」
「何処に?」
「鑑別所だ」
それは、捕えた罪人を拘束し、尋問と精査をするための場所である。内部には牢獄があり、そこに囚われた者は、疑いが晴れるか、あるいは刑の重さが決まるまで、厳しい監視の下に置かれ、時に拷問を受けるという。
 私達が、そんな所に入る謂れは無い。
 しかし、憲兵の口上によれば、私とケントは「内乱の首謀者」と見做されているというのだ。
 軍部に誤った情報を提供し、更には街を混乱に陥れた罪で、私達を捕えに来たのだという。
「……待ってくれ。私達の見解が【誤り】だという、立証は出来たのか?」
陸軍幹部に、観測結果の検証を依頼してあるのだ。
「国立観測所から、憲兵隊に通達があった。『過去に職を退いた人間が、報復のために謀反を企てている』と」
「……話にならない。『観測所の発表に誤りがある』という我らの見解について、陸軍のラッセル殿と、ハリス殿に検証を依頼したのだ。そちらの結果は、出たのか?」
「出鱈目を言うな!!」
「何が出鱈目だ!!」
 私が声を荒らげると、憲兵は腰から抜いた拳銃を、私の胸に向けた。
「猟刀を、こちらに渡せ。床に膝を着け」
(何故、私が銃口を向けられねばならない……!!?)
「早くしろ!!」
私は、猟刀を鞘ごと腰から抜き、拳銃を構えているのとは別の憲兵に差し出した。
 同じ事を、ケントも命じられた。船上で縄を切るために携行していたはずの小さな刀を差し出し、椅子から降りて床に膝を着くと、体の後ろで鉄の手枷を填められ、両腕を、体躯もろとも縄できつく縛られる。
 その間、ずっと銃口が彼の額に向けられている。
 私も、同じやり方で捕縛された。胸が締め付けられ、息が苦しい。腕は、血が止まりそうだ。
 腰にも、別の縄が かけられる。
 料理屋の中は、緊迫感のあまり静まり返っている。客は誰一人として言葉を発しない。席から動こうともしない。
 憲兵の一人が、店の主人を呼びつけ、私達を連行すると告げる。食事の代金のことを気にする店主に、憲兵はポケットから取り出した一枚の紙切れを手渡した。それはゴミかと思うほど皺くちゃだったが、広げれば、最高額の紙幣であった。「釣りは要らん」と吐き捨てた憲兵に、店主は深々と頭を下げた。

 私達は縛られたまま、立って歩くよう命じられ、腰の縄の先を憲兵に掴まれた状態で、店の前に停まった自動車に連れ込まれた。車両は獣を乗せて走るために造られたかのような形で、運転者が乗る席の後ろには、輓獣でも載せられそうな巨大な鉄の箱が載っている。箱には鉄格子の付いた小さな窓がいくつかあり、後部には重そうな鉄の扉が一つだけある。
 憲兵は2人だけが前方の席に座り、残りの6人は、私達と同じ箱に乗り込む。

 箱の内壁の、随分と低い場所に、いくつもの頑丈な金具が取り付けられている。高さは まちまちだが、ほとんどが人の膝よりは低い。それと、自分達に填められている手枷が、大型の錠前によって繋がれる。私達は、憲兵がそれを解錠しない限り、床から立ち上がることさえ出来なくなった。
 私とケントは、互いの体に触れることが出来ない離れた位置に繋がれた。
 憲兵達だけが庫内に設けられた長椅子に座り、相変わらず私達の腰から伸びる縄を掴んでいる。


 自動車が、動き出す。

 壁に繋がれたまま「店を出る前に、便所に行きたかった」とか「街のみんなを逃がせ!」と言い続けるケントを、憲兵が拳で黙らせた。顎か頸が折れそうなほどの、重い一撃だった。
 それで歯が折れたのか、ケントの口から血が滴り、縄が血に染まる。
「それ以上騒ぐなら、口枷を填める」
 痛みで口が動かないらしく、彼は静かになった。


 私達の見解が正しいことは、隕石が落ちれば【立証】される。しかし、私達がリュウバ近郊で投獄されれば、終わりだ。獄中で、犬死にすることになる。
 憲兵に行き先を訊いても、答えてはくれなかった。(私も、次に何か言えば殴られそうだ。)

 私は、獣のように壁に繋がれたまま、カンナの無事と、彼女が あの兄妹と犬を乗せた自動車で逃げ延びることを祈っていた。


次のエピソード
【10.災厄】
https://note.com/mokkei4486/n/nb560fa5a8a57

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