スーパーマンにはなれないですが…データサイエンス界隈の話

一緒にデータ分析案件を担当して、切磋琢磨したことがある同僚に、私がnoteに投稿した、

ニーチェの「ツァラトゥストラ」と資本主義と教育

を読んでもらったら、下記のコメントが返ってきた。

 ある大手のお偉いさんの話を聞いて思い出した話があります。
ビルゲイツの話で、プロダクト責任者に500ページのドキュメントを提出させて、翌日のMTGで500ページに色々なコメントを入れて尋問のような質問を立て続けに行い、最後に最も厳しい質問をし、答えを聞いて満足してGOを出したとか。「3行で」を要求することも大事だと思いますが、3行しか理解できない人間にはなりたくないですね。

ここで、同僚が教えてくれた、上記のビルゲイツの逸話が載っている下記のブログの一部を引用・翻訳する。

https://www.joelonsoftware.com/2006/06/16/my-first-billg-review/

 Watching non-programmers trying to run software companies is like watching someone who doesn’t know how to surf trying to surf.
プログラマー以外の人たちがソフトウェア会社を経営する試みを目撃するのは、サーフィンの仕方を知らない人が、サーフィンしようとする試みを、目撃するようなものだ。
“It’s ok! I have great advisors standing on the shore telling me what to do!” they say, and then fall off the board, again and again.
「問題ないよ!偉大なアドバイザーが沖に立って、何をすれば良いか私に教えてくれるよ!」と、彼らは言い、そして、何度も何度も、サーフボードから、落ちるのだ。
The standard cry of the MBA who believes that management is a generic function.
マネジメントは汎用的な機能である、と信じているMBAの標準的なスローガンだ。
Is Ballmer going to be another John Sculley, who nearly drove Apple into extinction because the board of directors thought that selling Pepsi was good preparation for running a computer company?
バルマーは果たして、ペプシを売るのが、コンピューター会社を経営するのに良い練習になると取締役会が考えた為に、アップルを殆ど破産に追いやった、もう1人のジョン・スカリーになるのか?
The cult of the MBA likes to believe that you can run organizations that do things that you don’t understand.
あなたが理解していない物事を行う組織を、あなたが経営できると、MBAのカルトは信じる傾向にある。

私が在籍するデータサイエンティス業界に、デフォルメしつつも当てはめると、

「データサイエンティスト・AIエンジニア以上の知識、スキルを持たないと、AI・データ分析案件の、長・リーダーにはなれないのか」

という、問いに、還元できる。

AI・データ分析案件の理想の長・リーダーは、

案件にアサインされているメンバーを凌駕する知識、スキル、経験値があり、かつ、プラスアルファとして、マネジメントにも長けているだろう。

果たして、そのレベルの人財が、どれ程いるのか?

需要が供給を大幅に上回る、スキルプレミアム、の領域だ。

そんな人材ばかりを、長・リーダーのポストで埋め尽くそうものなら、

コストが利益を上回るのは、想像に難くない。

2008年、トーマスH.ダベンポートによって、

データサイエンティス

という、言葉が、生まれた。できてまもない、需要が増え続けている業界なら、なおのことだ。

知識・スキルが高水準に網羅的にあり、汎化性も高く、マネジメント力にも長けたデータサイエンティストだったら、GAFAで、億越えで雇われていても、なんら不思議はない。

とわいえ、我々は、(ビルゲイツみたいな)スーパーマンにはなれない。

ここで、少し話の趣きを変える。

社内政治がほぼすべての昇進の要因になってる、巷の内向き企業を除いて、

課長止まりの人財と、部長に昇進する人財の違いは何か?

それは、部下より、知識・スキル・経験値がない領域で、長・リーダーとして機能できる、汎化性の高い、素養を持っているか否か、ではないだろうか。

スキルプレミアムによるROIを鑑みると、理想の長・リーダーでポストを埋めるのは、不可能か、はたまた、破産への道だろう。

部長の素養がある人財を、AI・データ分析案件の理想の長・リーダー不足の補填とするのはどうか。

社内政治に辟易した、部長にならない、もしくはなれなかった、部長の素養がある人財は、(海外に比べまだまだ雇用の流動性が低いのもあり)日本で量産されていると思われる。

無数の選択肢、数多の仮説、不確実性の嵐が吹く、データサイエンス業界では、本質と思われるもの、以外、扱ってはいられない。

いかに、本質に、いかに、短期間で、近づけるか、が、肝である。

(社会的動物が集団行動をとる以上、程度の差こそあれ、何処にでも政治はつきものだが)そこには、旧態依然の企業には、ごく稀な、本質の追求こそ喜ばれる土壌が、広がっている。

社内政治に辟易した、部長にならない、もしくは、なれなかった、部長の素養がある人財には特に、データサイエンス業界、お勧めである。

3行以内に要約できる事しか理解するきがない人間を上役に据える、とある会社では、優秀なデータサイエンティストが、居なくなっていったそうだ。

当然である。

「あなたが理解していない物事を行う組織を、あなたが経営できると、MBAのカルトは信じる傾向にある。」とあるが、

あくまで、「部下より、知識・スキル・経験値がない」だけで、「3行しか理解できない人間」のまま、何も理解しないまま、経営が上手く行くわけがない。(統計学的には、それでも生き残る会社は存在するが)

とわいえ、我々は、(ビルゲイツみたいな)スーパーマンにはなれない。

「学校教育に慣れてる人には、正解を求める癖がありますが、正解や正しい手順はありません。限られた時間の中で、やりたい事の全量はやれません。何を削り、どこで留めて、どこを深掘りするか。効率的・効果的な手順を如何に導きだすか。想定外な結果に即して如何に柔軟に計画を組み替えるか。不確実性を如何に対処できるか、が、データ分析の肝です」

実践的な分析演習の講座で講師をしているときに、よく私が口にする言葉だ。

上手に取捨選択し、限られた時間内で、必要な分だけ、抑えどころを学びつつ、お互いの弱みを、お互いの強みで補い合い、チームとしてのパフォーマンスを最大化させていく。

それが、ビルゲイツにはなれない、我々にとって最良の選択肢だろう。

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