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2019年に読んでおけば良かった、川越宗一『熱源』

162回直木賞受賞作『熱源』を読み終えた。これは、ハードカバーのうちに読むべきだった。面白かった。とても面白かったんだけど、2022年に読むと、妙に現実とリンクしてくることが多く、読み進めるのが辛くなって、何度か休みながら読むことになった。

樺太(サハリン)で生まれたアイヌのヤヨマネクフと、ポーランド人で囚人として樺太に送られたブロニスワフ・ピウスツキの2人が中心に描かれている。時代は明治初期から太平洋戦争末までの80年余り、文庫で500ページ弱の長編です。

ヤヨマネクフは、子供の頃に開拓使たちに故郷を奪われ、北海道への移住を強いられる。そこで大人になったが、ある時コレラや天然痘が流行し、妻や多くの仲間を亡くしてしまう。そして、ふたたび故郷の樺太に戻ることを決意する。

一方、ブロニスワフ・ピウスツキは、ロシア領リトアニア生まれ。ロシアの同化政策により母語であるポーランド語は話すことも許されなかった。そして、ペテルブルク大学に進学後、皇帝の暗殺計画に巻き込まれた彼は、国事犯としてサハリン島に流刑となる。

日本人にされそうになったアイヌと、ロシア人にされそうになったポーランド人。
文明を押し付けられ、それによってアイデンティティを揺るがされた経験を持つ二人が、樺太で出会い、自らが守り継ぎたいものの正体に辿り着く。

文藝春秋BOOKS〈https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167919023〉

驚いたことに、登場人物のほとんどは実在する。史実に基づいているということで、近代史が勉強できる小説なんだろうと気軽に読み始めたが、全体の3/4を過ぎた辺りから急に聞いたことのある人がたくさん出てくる。もしかして?と思って調べてみたら、ヤヨマネクフもブロニスワフ・ピウスツキも本当に歴史上の人物だった。

2019年の私は、言語、教育、名前、領土、民族、戦争、文明の衝突、疫病、そういう大問題は、何となく、ずいぶん前に社会からなくなりつつあるのだと思っていた。

もちろん全くなくなったわけではないけど、問題は小さくなる方向に、徐々に良い方へと調整されながら進んでいる、近いうちに、私が生きてる間にも遠い過去になるんだろうという気さえしていた。

中学生くらいに読んだマンガに「今はマイノリティ優遇の時代でしょ?」というセリフがあったのを覚えている。それが私が子供の頃の雰囲気で、そこに至るまでに過去どんなことがあったかはよく分かっていなかったけど、とりあえずこの流れに乗っていれば、世の中はどんどん公正に、理不尽は激減して、皆んなラクに暮らしやすくなるんだと疑っていなかった。

でも、大問題はなくなっていなかった。この3年ほどのニュースと『熱源』に出てくるシーンに、よく似ていると思うところがたくさんあって、とても怖かった。

作者の川越宗一さんは私とほぼ同い年だが、これを書いていた2019年より前に、今の状況を想像していたんだろうか。だったら凄いな。私がのほほんとし過ぎてただけ?

樺太(サハリン)の凍原の大地と『熱源』という言葉の温度差、あるいはコントラストの大きさが魅力だ。ただ、歴史として知るには面白いけど、現実世界で感情の振れ幅がそこを行ったり来たりになると、消化できないものがあるなと思った。

今読むのにはエネルギーがいる作品だった。まずはもうちょっと短く、2世代50年分くらいの内容で読みたかった‥。


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