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短編 七十二候~こよみのおはなし~

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二十四節気をさらに細かく分け、季節の変化と自然の息づかいを見事に表す「七十二候」。 こちらのマガジンではそんな「七十二候」にまつわる短編をまとめていこうと思います。
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記事一覧

【短編 七十二候】 菜虫化蝶(なむしちょうとなる)

【短編 七十二候】 菜虫化蝶(なむしちょうとなる)

人家などは見当たらない平原。

サナギから羽化しようとする一匹の蝶。彼にはしっかり「自我」があり、
殻を破って外へ出た暁にはまず、何を食べようか?などと思案していた。

いや、そもそも外の世界には食糧なんて存在するのか。
何も無い荒廃した沃野だったら、どうしよう。

あれ?ちょっと待てよ。サナギになる前はどうしていたんだっけ。記憶が曖昧だ。ま、羽化まではまだ時間もあるし、ゆっくり思い出してみよう。

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【短編 七十二候】 土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)

【短編 七十二候】 土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)

俺は気ままに、そしてしたたかに生きる野良ネコ。

名前は、かつて俺のペットだった「ニンゲン」が俺を呼ぶときに使っていた「トム」というのをそのまま拝借してる。馴染みあるしね。

野良ネコ生活は長いが、やはり冬はきびしい。食い物は探せばいくらでもあるが、寒さはどうにもならない。冬を越せずに息絶える仲間も多い。

先日も、それまで縄張りを声高に主張していたボスネコの「ひろき」が、急に姿を見せなくなった。

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【短編 七十二候】 魚上氷(うおこおりをいずる)

【短編 七十二候】 魚上氷(うおこおりをいずる)

ヨシハルは万年Bクラス。

学生時代、大して努力をしなくてもそれなりの成績だったヨシハルは、それなりに受験勉強をしてそれなりの大学に進み、それなりの企業に就職。

それなりとはいえ、社会人としてスタートを切ったヨシハルはフレッシュな環境での仕事にモチベーションを上げていた。。

一定の成果も挙げていた。
「自分は価値のある人間だ。会社からも必要とされている。さほど苦労も無しにここまでやれる自分はす

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【短編 七十二候】  黄鶯睍睆(うぐいすなく)

【短編 七十二候】 黄鶯睍睆(うぐいすなく)

本沢藩の日比野宿は交通の要衝として栄えていた。

行き交う旅の者を相手にした商いも盛んで、街道でも名の知れた宿場町だ。
 
「旅の方、ご苦労さまです。次の街までは5里以上あるよ。日比野で休んでいきなさいな」

旅籠の娘、初音は今日も家業の手伝いに兄妹たちの世話と忙しくしている。

立春を過ぎたとはいえ、2月の上州地方はまだ寒さが厳しい。その日も晴天ながら風は冷たく、「ホー・・」とウグイスもまだ春を

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【短編 七十二候】  東風解凍(はるかぜこおりをとく)

【短編 七十二候】  東風解凍(はるかぜこおりをとく)

昨夜遅い時間まではしゃいでいた娘は、案の定目覚ましが鳴っても起きてこない。

部屋のカーテンを開け、朝日が差し込む。今日から暦の上では「春」らしいが、昨日までと今日の何が違うのかは体感としては分からない。

そんな事を考えていると娘が起きてきた。同時に足の裏に小さいものを踏んだ感触。
「おはようパパ。ねえ、昨日のお豆、まだある?あたし食べたい」
「もうないよ、理乃。昨日豆まきしたあと、パパと理乃で

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