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海外ドラマ「THIS IS US」が与えてくれた人生のヒント(シーズン6最終話より)

私が今までの人生で最も影響を受けたドラマ「THIS IS US」の最終話を観た。このドラマから私が受け取った生きる上でのヒントを、ここに大切に書き記しておきたい。
(以下ネタバレです。台詞は一部要約しています。)


人はいつか死ぬ。でもその時を心配しすぎるのではなく、今を全力で楽しめ。

最終話は、ジャックがレベッカの目の上の小さな傷跡に気づくところから始まる。
小さい頃、お父さんにブランコを押してもらっていて、お父さんがよそ見をした時に腕時計がレベッカの顔に当たってしまってできた傷。
「お父さんにブランコを押してもらうのが世界で一番好きだった。でもその時はいつブランコを押されなくなるか、いつ帰ると言われるかずっと心配していた。もっとしっかり楽しめばよかった。でもそうせずに、終わりを心配していた。」と話すレベッカ。

その日は何もすることがなく家族全員が家にいる日。ケイトはボール遊びやロバのゲームなど子供っぽい遊びをしようと家族に提案する。そんなケイトをばかにするケビンとランダルに、ジャックはこう言う。
「ケイトは人生を分かってる。あの歳で理解しているんだ。」
「人は子どものうちは大人になろうとする。そして歳を取ったら過去に戻りたくなる。今を楽しめ。人はそうやって小さな瞬間を集めて生きる。その時はその尊さに気づかない。先のことが気になってね。でも歳をとった後は過去を振り返り、思い出そうとする。そこへ戻ろうとする。おかしなものだ。」

これらのシーンから、「人はいつか死ぬ。でもその時を心配しすぎるのではなく、今を全力で楽しめ。」と、そう勇気づけられた。

大切な人が亡くなっても、変わらず日常は続いていく。では、人生は無意味なのか?

レベッカの葬儀後のシーン。レベッカの死後も鳥はさえずり自分は仕事のことを考え、変わらない日常が続いていく…。そんな様子に、何もかも無意味だと漏らすランダル。そのときデジャが、無意味なんかじゃないと話す。
「お腹に授かった子は、男の子。父さんさえよければ、名前はウィリアムに。私は直接会ったことのない人だけど、よく知っている。父さんを通じてね。」
ランダルの実の父ウィリアムの名が、ランダルの養子であるデジャの息子へと受け継がれる。
生きているうちに人と関わることで、死後も自分の何かが生きている人の中に残り続ける。人生は決して無意味じゃない。

THIS IS USが与えてくれた生き方のヒント

私は今まで、人生をどう生きれば幸せか、後悔がないか、というテーマにとても関心があった。
なんとなく日々仕事で忙しなく、でも心から没頭できることもなくダラダラと生きていて、時間だけが確実に過ぎていく。私もこのドラマの最初のビッグスリーたちのように「幸せになりたい、でもどうすればいいか分からない」と悩んでいた。

でも「人生は一瞬だ。いつ来るかわからないその時は必ず来る。なら今この時を楽しむことに集中せよ」と、このドラマが教えてくれた。
家族や友人など今周りにいる人を大切にして、一緒に楽しい思い出をたくさん作りたい。そして今の自分がやりたいと思うことには臆せず挑戦したい。人生に悩みはつきものだけど、家族や友人など人と共に生きていく人生は素晴らしく、いつかは終わる儚い夢なのだ。

アルツハイマー病に侵されていくレベッカが忘れたくないと言ったのは、特別なことは何も起こらない、家族で過ごすなんでもない一日。
普段は忙しさやしんどさやネガティブなことで頭がいっぱいになりがちだけど、幸せな瞬間もたくさんあって、それは過ぎ去れば尊い過去になる。だから、なんでもない毎日の一瞬一瞬をしっかり楽しみたい。

さいごに

THIS IS USは人生についてのたくさんのヒントが詰まった大切なドラマだった。今後こんな素晴らしい作品に出会えるだろうか。…とまた、先のことを心配していると時間が勿体無いので。笑
これからも、自分が面白そうと思ったものに触れて、たくさん笑って感動して生きたい。


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