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債券投資の収益と会計の解説(農林中央金庫の件)


 先日の動画で、農林中央金庫の損出しの理由は収益性の向上のためと説明しました。noteでは、よりシンプルに、ビギナーの方に向けて解説をしたいと思います。債券投資の収益の基礎から説明します。

債券投資について

 債券投資について簡単に説明します。債券投資は他の投資商品と比べて安全性が高いことが特徴です。定期的に利息(クーポン)を受け取れることに加え、債券の価格が変動した場合でも、償還日まで保持しておけば、額面通りの金額が戻るためです。

債券投資の投資額と収益の流れ

 「債券A(額面:100円、利率:3%、償還期間:5年)」を例に説明します。「債券A」を売却し、より好条件の「債券B」や別の金融商品に乗り換えること、それこそが収益性の向上だと言われそうですが、実はそれだけではありません。「債券A」の売買だけで、少なくとも会計上は収益性が向上しているように見せることが可能です。順番に説明したいと思います。

ケース①

 まず、「債券A」を予定通り償還日まで保持するケースを説明します。 
 「債券A」の投資額と収益の一連の流れは下図のとおりです。100円で購入し、毎年3円の利息が入り、償還日に100円が戻る。最終的な債券投資の収益は15円です。非常にシンプルですが、償還日まで保持するケースはこれで終わりです。

 次に、やや特殊なケースを説明します。「債券A」を一旦売却し、またすぐに買い戻すケースです。
 この時点ですでにお気づきの方もおられると思いますが、最終的な収益は先ほどのケース①と同じです。実質的に償還日まで保持しているのと変わらないためです。何も変わらないのになぜこんな取引をするのかと思われることでしょう。詳細は後述します。
 その前に、債券価格と市場金利の関係について説明させてください。

債券価格と市場金利の関係

 債券価格と市場金利の関係も非常にシンプルです。市場金利が上がれば、相対的に発行済の債券の需要が下がるため、債券の価格は下がります。一方で、市場金利が下がれば、相対的に発行済の債券の需要が上がるため、債券の価格は上がります。

ケース②

 ケース②は、市場金利が上がっている状況(債券価格が下がっている状況)で、「債券A」を一旦売却し、またすぐに買い戻すケースです。

 市場金利がどうであろうと、利息(クーポン)は発行時の額面と利率で決定しているので、変わりません。
 一方で、市場金利が上がっているので、2年目の期末時点で「債券A」の市場価格は94円に下がっています。100円で購入した債券を94円で売却するので、2年目に損が6円出ます。
 そして、これをすぐに買い戻します。市場金利に関わらず、満期には100円が戻ることになります。その価格差を均等に収益計上します(満期までの3年間で6円得するため、毎年2円収益計上)。
 最終的な収益(利息と売却損と価格差の合計)は15円になります。

ケース③

 ケース③は、市場金利が下がっている状況(債券価格が上がっている状況)で、「債券A」を一旦売却し、またすぐに買い戻すケースです。

 ケース②と同様に、市場金利がどうであろうと、利息(クーポン)は発行時の額面と利率で決定しているので、変わりません。
 一方で、市場金利が下がっているので、2年目の期末時点で「債券A」の市場価格は103円に上がっています。100円で購入した債券を103円で売却するので、2年目に益が3円出ます。
 そして、これをすぐに買い戻します。市場金利に関わらず、満期には100円が戻るため、その価格差を均等に損失計上します(満期までの3年間で3円損するため、毎年1円損失計上)。
 最終的な収益(利息と売却益と価格差の合計)は15円になります。

債券投資の収益と会計

 何も変わらないのになぜこんな取引をするのか、ケース②を例に説明します。債券投資の収益は全く変わりませんが、会計的な見栄えが大きく変わるためです。

 PL(損益計算書)と記載していますが、企業は、会計期間ごとに情報を開示することが求められています。会計期間で区切り、経営成績を開示します。予算と実績の比較をしたり、されたりします。また、このタイミングで収益性の改善を求められたり、来年こそは頑張りますとアピールしたりすることもあるわけです。
 上記の例では、2年目に損失を出しておくことで、3年目以降の収益性が改善しています。投資額100円で、1年目は3円、2年目はマイナス3円、2年間の通算はゼロ円でしたが、3年目に投資額94円で再投資を行い、満期まで毎年5円の収益を獲得することができます。
 債券投資の収益は全く変わりませんが、会計的な見栄えが大きく変わるため、こうした会計上の都合が企業の意思決定に影響を与えることがあります。
 
金利下落局面で、どうしても2年目の収益性が求められる場合は、ケース③の意思決定も考えられるでしょう。

総括

 会計的な視点で見ると、早くに損失を出しておけば、翌期以降の収益が改善するというのはよくある話です。
 保有している債券を売却し、より好条件の債券や別の金融商品に乗り換えること、それだけが収益性の向上施策だと考えてしまうと、農林中央金庫はこのタイミングで別の何に乗り換えるのか、正気かと大騒ぎしてしまいそうですが、とりあえず損を出した、それだけの話という気もしています。
 債券投資の収益についても、会計の話についても、個別に見れば決して難しい話ではありません。しかし、両方の視点で農林中央金庫の件を考えるのはなかなか難しいことだと思います。
 この記事をご覧いただいた方が、そのような視点に気づき、あるいは再認識し、「おもわず誰かに話したくなる。」そう感じていただけたら幸いです。今後ともよろしくお願いいたします(TeamモハP)。


ご参考(前回のnoteオリジナル解説記事)

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