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《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第6話

三月二十日(水)

 ジンベエザメは七十過ぎの土木会社社長だ。
 時折電話で手配をしているが今は母屋の縁側でぼーっとしている。シミだらけの肌が少し赤みを帯びているのはぬるま湯を被ったせいだが、セメントまみれで仕事してきた職人の肌だ。痛いそぶりは見せない。

 モグラは以前、土木工事の現場監督をしていたようで、そこでモグラの下請け業者の親方として職人たちを束ねていたのがジンベエザメだったらしい。モグラには酷い扱いを受けたと言っているが、スナックに行くような仲だ。戦友というところだろう。

 モグラは今、何をしているのか分からない。
 随分前に聞いてみたが、「いろいろしてるんだよ。」と、ニヤニヤしながら言っていて、危なっかしくてそれ以上聞かなかった。

 ただ、ジンベエザメの中でもっと酷かったのは先代の社長らしい。長年ピンハネをしていたことが発覚し、社員が一斉に辞めることとなったが、中には何が起きてるのかよくわかっていない社員もいたらしい。このままでは路頭に迷う奴がでる。見かねて自分が社長になった。と、歯が綺麗に抜け落ちた歯茎を見せて言っていた。

 地中深くにトンネルを造るとしたら、今ではシールドマシンといった大型の掘削機械が採用されるが、ジンベエザメの若い頃は「スコップとつるはし」ただそれが渡されるだけだった。崩れてくる土を抑えるために高圧の空気で対抗していたが、その圧力は作業員の毛細血管をダメにした。歯はみるみる抜け落ちた。肌にはシミが増えていった。

 モグラは言っていた。
「現場を優雅に泳ぐジンベエザメのシミ一つ一つは技術の結晶で、俺はついてまわってそれをパクパク食べるコバンザメだった。」と。

 ジンベエザメの携帯が鳴る。中和装置の手配が整ったと教えてくれた。地盤の調査代込みでざっと250万円になるらしい。ジンベエザメは良くしてくれているが、そのうちスナック代はどのくらいを占めるのだろうか。

 モグラは時折ロマンチストになるが、結局のところ他人の力を借りる卑怯なやつだ。

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