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《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第5話

三月十九日(火)

 四人来た。軽ワゴンに四人乗ってやってきた。四人目は環境対策課の職員だった。環境対策課とは、主に公害の監視、調査及び分析に関することの担当部署のようだ。そう挨拶して一枚の紙を渡してきた。

「水質成分分析表」

 何やら馴染みのない化学物質であろうアルファベットがざっと二十項目くらい並んだ表だった。これは専門の調査機関に調査をお願いし、結果が出るまで二週間程度かかるらしく調査機関の紹介リストをくれた。

「とりあえず、今日調べられるのは、排水量とpHです。」

 そう言って環境対策課の職員は金属製の網に接続していたホースを二本とも取り外し、1Lメスシリンダーにぬるま湯を注ごうとするがあっという間に溢れて、今度は金バケツを持ってきた。容量は8L。ストップウォッチのスタートと共に二本のホースで注ぎ始める。満杯になるのに約4秒。毎秒2L。毎分120L。毎時約7m3。毎日約170m3ものぬるま湯が出ている計算だ。

 一般的な家庭の浴槽が一杯200Lと考えると、1から100まで数えてる間に満杯になる。1日で表すと浴槽850杯分となる。途方もない水量だ。

 道路排水管理の職員が教えてくれたが大体側溝のサイズは、毎分約3000Lの水が流れる設計となっている。毎分120Lは許容量の4%程度だが、冠水の原因であるとみなされ、側溝への接続は認められないとのことだった。

 十字の交差点付近の構造的な不具合に原因があると思うが、言い返しても無駄だろう。冠水と言っても交差点全体に5cmくらいの水たまりができているだけで、その水は一段下がった南側の畑に流れ込んでいる。その畑もトキ家先祖代々の土地だ。大雨が降ればぬかるみ、耕作ができなくなる死に地であり、市役所に言っても改善されてこなかった。その諦めに基づく、言い返しても無駄だろうという判断だ。

 pHはリトマス試験紙で判定する。先ほどの金バケツに試験紙を垂らすと、色は緑とも青とも言えない色へと変わった。

「pH10のアルカリ性です。直ちに中和してください。」

 中和装置の手配を急ぎすることとなった。

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