《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第29話
四月十三日(土)
「朱鷺の湯温泉」と、白い布に朱字で書かれた暖簾をジンベエザメが入り口に掛けた。
このロゴというか習字の入った暖簾は、ジンベエザメのお手製で、なかなかの達筆だ。
しかし、露天風呂はまだ完成ではない。塀の一部が横板を貼れていない。という理由もあったりで、今日は全員水着を着ての入浴だ。今日は、サッカー少年団で知り合い、今も仲良くしているビーバーとシロクマがやってきて、一番風呂に浸かってもらう大事な日だ。
ビーバーは今、サッカー少年団の女子チームのコーチをしていて、選手に負けていられないからと毎日国道を10kmはジョギングするほどのストイックなやつだ。アメ車のオーナーであるくらい車好きだが、その車より走っているので、体は今も現役のころと変わらぬシェイプを保っている。
問題は、シロクマだ。シロクマは高校三年生で部活を引退するまでずっとフォワードをやっていて、狩人のようにゴールを狙う白いオオカミみたいな選手だったが、結婚して二人の女の子の父親となった今、幸せ太りで白いテディベアみたいになってしまった。そしてなんと奥さんのお腹には三人目がいるらしい。そのことを幸せそうに喋っていた。
「いった! 痛い。」
浴槽に入り、お尻を温泉に浸けようとしたビーバーがそう叫ぶ。
心配いらない。ビーバーはストイックが仇となり、免疫が落ちて最近痔になったと言っていた。そこにお湯が触れたのだろう。お湯は、レジオネラ菌、大腸菌等が繁殖しやすいため、浴槽は定期的に掃除することが温泉法で定められている。
「大丈夫、我慢する。海パン履いてるから。」と笑うが、あとで掃除するのはこっちだ。
シロクマが入ると大量の湯が溢れる。
心配いらない。溢れた水は、この洗い場で一番低い位置にある金属製の網目の蓋へと流れ込むようになっている。足し湯はというと、ぬるま湯がそのまま出る管とモグラが今アチアチにあっためている大鍋のお湯がそのまま出てくる管があり、二つとも出口にコックがついていて、入浴している自分が湯量と温度を調整する。
浴槽の脇の一段上がったところに釜戸があり、大鍋の隙間から汗だくになったモグラが顔を出して様子を伺っている。何やら、仲間になりたいようで、結局ケツの痛いビーバーは棄権して三人で浸かった。
ビーバーが、「沁みる、沁みる。サウナならいける。」とケツを抑えながら悶え、みんなで笑った。
いい湯だった。
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