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デザインの輪郭 深澤直人

読みたいと思ってパッと買ってしまう本と「とりあえず今はいいや。読みたいけれど。」みたいな感じでほうっておく本がある。その線引きは自分でもよくわからない。ただそうやってすぐに買わなかった本を何かのタイミングでふと思い出して手にとると、まさに読みたい内容だったりする。不思議だけど、なんだかちょっと嬉しい。

だから僕は「読みたいけれど今じゃない」という感覚をけっこう大事にしている。冬眠前のリスがたくさんのどんぐりを土の中に埋めるように、僕はたくさんの本を頭の隅にそっと置いておく。そうやっていつかそれらが何かのきっかけで美味しく味わえる時を楽しみに待っている。(リスと同じで埋めたことを忘れてしまうことも多い…)

今回はふと思い出した本は無印良品の製品デザインなどで有名なプロダクトデザイナー、深澤直人さんの「デザインの輪郭」。むかし良品計画に勤めていた友人に勧められ、そしてそのままになっていた。最近別の友人と新しいサービスを考える機会があって、そこで煮詰まった時にふとこの本を思い出した。

読んでみるとまさに自分が今読みたい内容で、ちゃんと埋めて置いて良かったなぁと嬉しくなった。抽象と具体を行ったり来たりしながら深澤さんの透徹したデザイン観が伝わってきて、それに触れるうちに自分の考え方がピシッと矯正されていく。整体とかで体をあるべき姿に調整してくれるそんなイメージ。とても気持ちの良い体験だった

ユーザーの課題

冒頭でも書いた通り自分たちで新しいサービスを考える機会があって、その時のミーティングでユーザが抱える課題は何かというような話になった。カスタマーのプロブレムにフィットしたプロダクトでないと成功しないというスタートアップ界隈ではよくいうアレである。

ちょっと茶化したけれどこれは確かに重要なことで、自分たちが良いと思っているだけのサービスやプロダクトは結局自己満足、もっといえばオナニー的なものが出来上がってしまう。だからユーザーが抱えている課題を正確にとらえてそれに合ったものを作りだしましょうというのは至極真っ当な話ではある。

でも友人たちとその課題について議論する中でふつふつと疑問というか違和感のようなものが頭をもたげ始めた。ユーザーの課題を自分たちで想像し「これが課題でしょ、解決してあげる。」という押し付けがましい形になりはしていないか、そんな疑問が浮かんで離れなくなった。

課題は考えつかない

プロダクトデザインというのは、ユーザーにとって使い心地のよいものを作り出すという作業であり、それはユーザーの課題を解決するプロセスだとも言える。そういう意味でプロダクトデザイナーは人一倍ユーザーの課題に敏感な存在かもしれない。

だからこそ深澤さんが語るデザインのプロセスはとても具体的で、言葉だけの何かにはなっていなかった。この本には「ユーザーの課題」という言葉は僕が意識した限り一度も出てこない。にも関わらずこの人がどれだけユーザーのことを考えているのかが深く伝わってくる。

ユーザーの課題という言葉はわかる。でもそれを捉えるというのは具体的に何をすることなのか。それは決してユーザーの課題はなんだろうと頭で考えることではない。それはまず人のことをじっくりと観察することであり、観察して気が付いたことに基づいて、その人にとってより良いものを考えるプロセスだ。

そこには自分はこう思うとか、他社の製品ではこうとか、そういう話は一切出てこない。だってあなたの思いも、他社の製品もユーザーには関係ないのだから。ユーザーにはユーザーに見えている世界があり、その中で日々を生きている。そのことへの優しい理解が無いままに物事を進めようとしたってそれはきっと上手くいかない。「これは俺が良いと思っている、だからお前も使え。」みたいなジャイアンとのび太くん的な世界観になってしまう。

行為に溶けるデザイン

このユーザーに徹底的に寄り添う姿勢はそのあとのプロダクトを形にする際の姿勢にも一貫して保ち続けられている。それは端的にいえば使う人にとってどれだけ物理的にも意識的に負荷をかけずに使ってもらえるかということになる。

どうしても何かを形にするときはおしゃれであるとか、ちょっと違ったものを目指したくなってしまう。自分が作ったものが人から良いね!と言われたいという我欲がむくむくとわき起こってくる。もちろんそれは悪いことではない。だって人に好かれたいとかそういう欲が良いものを作るモチベーションに繋がると思うから。

でもそういう欲だけに任せて作ってしまうと結果として人から良いね!と言われるものにはなりづらい。そこには使う人の視点が欠けてしまっている。これでは課題を頭の中で考えていた状態と全く変わらない。

だから作る時も徹底的にユーザーに寄り添う。すると結果として出来上がるものは、おしゃれでも派手でもなく普通の、けれどとても使いやすいものに収斂していく。そして最後にちょっとだけユーザーがハッとするアイデアをふりかけておく。思わず良いね!と言ってしまう何かを。

それは例えば無印良品の壁掛けCDプレイヤーで実現されている。CDを壁にかけるというハッとするアイデアとユーザーに全く負荷をかけないデザインが融合した結果、思わず欲しくなる魅力的な製品に仕上がっている。

負荷をかけないというのは要するに、物理的には日常の行為の延長にあるような無意識でも扱える操作感であり、心理的にはそれがあると嬉しい何か、を上手にバランスさせることともいえるかもしれない。このあたりの感覚は正直自分でもまだよくわからない。多分実際にものを作る過程で、どういうことであるのかを肌で理解していくしかないのかもしれない。

おわりに

例えそれがどういうあり方をしていたとしてもベースにあるのはそれを使う人である点は絶対にブレない、そんな一貫した深澤さんの哲学に包まれて僕の抱えていたモヤモヤは次第に晴れていった。

そして同時に自分がユーザーのことを考えるフリをしていたにすぎないことを痛感した。よくもまあ「ユーザーのことを考えたサービスにしたい」なんてミーティングの場で言っていたよなぁと思わず赤面してしまった。

ユーザーにとっての使いやすさも、それが究極的には何もしないことだってありえると深澤さんは書いていて、このあたりはデザインに真っ正面から向き合い続けている人たちに共通するものがあるような気がした。

以前読んでnoteにもちょっと書いた佐藤卓さんの「塑する思考」という本でもデザイン自体には価値がないというようなことを言っていて、ニュアンスの違いはあるんだけれど本質的には近いことを言っているような気がしている。

ただとは言っても、まだ僕にはちょっとおしゃれなものとかいわゆるデザインされたものに惹かれてしまうところもあって、まだまだ修行不足なのかもしれないなぁと実感している。

デザインの輪郭
深澤直人 2005年 
TOTO出版

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