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雨の中で #シロクマ文芸部

 赤い傘が苦手だ。

 放課後の昇降口で空を見上げる。
 見上げたところで、雨は止まない。
 6時間目の途中で降り始めた雨に、しまったと思った。あと少し、雨も耐えてくれればよかったのに、とも。

 こんな日に限って折りたたみ傘を忘れてくるなんてツイてない。朝、お母さんも持って行きなよって言ってたのに。
どしゃ降りというほどでもないし、駅まで走ろうか。傘を持たずに校舎を出ていく生徒も少なくない。多くは男の子だけど。

「あれ? 傘ないの?」
 逡巡していると、馴染のある声が聞こえて振り向く。予想通り、莉沙だ。彼女とは高校に入ってすぐに仲良くなった。
「うんー、今日に限って忘れちゃって」
「あらら。折りたたみだから大きくないけど入ってく?」
 そう言ってカバンの中から取り出したその傘は、赤い。
「あ……」
 思わず声が出てしまった。
「ん? どうかした?」
「あー、いや、うん、別に」
 返事を濁してしまう。赤い傘は苦手、とは言えない。
「なによー」
 茶化すでもなく笑うその顔に、話したいと思った。正直に。

 今はまだ短い付き合いしかないし、この先はわからないけれど。
 きっとこれからも長い時間を一緒に過ごすことになりそうな予感がする。直感、というのかもしれない。

「うーん、私、赤い傘が苦手なんだ」
「え?」
 驚いたような表情で、莉沙は自分の手元に視線を落とす。
「あ、別にその傘だからとか、そういうことじゃないからね」
 話そう。話したい。


 簡単に言えばトラウマ、ということになるのかもしれない。といってもその記憶は曖昧だった。
 夢だったのか、ドラマか映画だったのか、それとも、実際の記憶か。
 記憶の素はぼやけている。

 キレイな女の人が赤い傘をさしていた。大人の、知らない女の人。どんよりと暗い空から落ちる雨の中で、赤い傘はそこだけを明るくしているみたいだった。
 赤い傘が似合う、と思ったことは覚えている。
 でもその人は事故に遭った。そのとき、赤い傘が空に飛んで、それから落ちた。スローモーションのようにも見えた。
 ポツンと赤い傘だけが雨に打たれている。

 どこで、どうして、私がそのシーンを見たのかは曖昧なのに、それは頭から離れない。
 それからなぜか私は、赤い傘はなにか良くないことが起きる、と思うようになった。
 自分じゃない誰かが赤い傘を使っているのは大丈夫だけど、自分が使うとなるとなんだか落ち着かなくなってしまって、苦手。


 ふたりで昇降口に立ったまま、止まない雨を見ながら、私は話した。
 雨は強くも弱くもならずに、一定の量を落とし続けている。
 話ながら自分でもおかしいよね、と思いながら。私が絶対に死ぬって決まってるわけじゃないのに、と思いながら。
 途中で、莉沙も赤い傘を使いたくなくなってしまったらどうしよう、とも思いながら。


「そういうことかぁ、なるほどね」
 長くもない話を聞き終えた莉沙はあっけらかんと言った。
「うん、わかった。濡れて帰ろう」
「え? は? いやいやいや、莉沙は傘持ってるんだから使いなよ」
「えー、なんか青春! って感じしてよくない?」
「急にポジティブマインドすぎる」
 でも確かに、“青春”って感じはするかも。
「これは青春マインド、って呼ぶことにしよう」
「なにそれ、キャラも変わってない?」
 顔を合わせて笑った。

「よし、かーえろ」

 先に雨の中に飛び込んだ彼女のあとを追う。

「制服、乾くかな」
「ジャージ登校かもねー」
「うわ、ちょっとイヤかも」
「それも青春ってことで」
「青春マインドだね」
「その通り。あ、今度青い傘でも買いに行こうか」

 青春だし、と提案した莉沙は雨の中でいたずらっ子のように笑った。




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2024.06.01 もげら

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