召し上がれ #シロクマ文芸部
「紫陽花を食べたことってある?」
「いや……、ないけど。紫陽花って食べられるの?」
彼女の急な質問にはどんな意味があるんだろう。
この頃仕事を理由に彼女との時間を取っていなかった。
正直、仕事じゃないときにも使った。そう言うと彼女は「しょうがないね」と言ってくれるから。
嫌いになったとか、飽きたとか、そういうことじゃないんだけど。なんとなく、そういう時期、みたいなこと。
「紫陽花には毒があるんだって」
「え、知らなかったなぁ」
「でもどこに毒が含まれてるかとか、どんな毒性物質かとか、よくわかってないんだって」
「へぇー、なんか怖いね」
「今のところ死んだ人はいないみたいだけど」
「そうなんだ」
「紫陽花、食べてみる?」
「……え?」
彼女は楽しそうにふふ、と笑う。
そして立ち上がって冷蔵庫に向かうと、なにかを取り出して僕の前に持ってきた。
これって、
「冗談だよ、冗談。本物の紫陽花なわけないじゃん」
どう?
ポカンとした僕を見て、少し勝ち誇ったような表情の彼女。
「やられたな。びっくりしたよ」
僕の前に出されたのは一口サイズのタルト。
紫陽花に見立てたクリームが乗せられている。
「紫陽花見に行こうって行ってたのに行けそうにないから、お菓子作ってみたんだー」
なんだ、そういうことか。
そういえば、と思い出した。確かに僕は行こう行こうと言いつつ、やっぱりそれも「仕事」とはぐらかしていた。
だからせめてお菓子でも、と思いついたのかもしれない。
さすがに反省する。
「ごめんね、仕事ばっかりで」
仕事ばかり、というのは嘘だけど悪かったなと思っているのは本当だ。
「ううん、仕事はしかたないよ。ちょっと心配になるくらい仕事ばっかりだけどね」
「ごめんごめん。大丈夫だよ」
心配されるほど口実に使っていたのか。気をつけよう。
「食べてみてよ」
パクリと口に入れたとき、彼女はにっこりと笑った。
「仕事、少しでも休めるようになるといいねー」
甘みと共に、僅かな苦さが口の中に広がった。
#シロクマ文芸部 企画に参加しました。
文中の紫陽花の有毒性については、私が調べた限りのことを元に書いています。動物の死亡事例はあるようです。
最後の『味』については勝手な想像での描写です。実際の味はしりません。
あしからず……!
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2024.06.14 もげら
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