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雨音が遺したもの #シロクマ文芸部

 雨を聴くために階段を降りていく。
 降りた先にあるドアを開けると、窓のない部屋。
 でも不思議と閉塞感はなく、僕にとっては落ち着ける場所だった。

 僕の祖父が生きていた頃に作った部屋らしい。
 小さいけれど、しっかりとした造りの机と椅子。大きめの本棚には、ぎっしりと詰まった本。
 そして、立派な音楽プレイヤー。

『雨って変化へんげのプロなんだよ』
 僕の母はよくそう言っていた。

 僕はプレイヤーを起動させて、リストを選び再生する。
 スピーカーから流れるのは、雨の音。


 ざあざあと降る雨の音。
『もう、ざあざあ降られると外に出るのも嫌になっちゃうんだから』
 しばらく流れると、次はぱらぱらと落ちる雨の音に変わる。
『雨がぱらぱらしてくるとね、ああ、雨が降ってきたなぁ、ってちょっと楽しい気持ちと、ちょっと嫌な気持ちが混ざるの』
『ただぼんやり聞いてるだけで心地良いときもあるよ』
『耳障りなときもあれば、読書がぴったりなときもあるし』
『雨粒がキラキラしたり、街の光を反射したり、すごく綺麗なんだよ』
 母は思い出を語った。


『ざあざあ』『しとしと』『ぽつぽつ』『ざんざん』
 日本語には様々な雨を表す言葉がある。
 僕は、それを母の話と、祖父と母が遺してくれた本と、それからこのスピーカーから流れる音で知った。


 地球に雨が降らなくなったのは、母が高校生だった頃らしい。
 世界中が大混乱に陥ったけれど、それでもなんとか今も地球も、生物も、植物も、なくならなかったのは奇跡みたい。
 雨がない生活にも慣れたけれど、やっぱり恋しくなるときもあるね。
 母は雨の話をたくさんした。


 僕は、雨を知らない。
 本当の、雨の音を知らない。
 けれど、雨を聴く。




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風が運ぶ季節 5/9 お題「風薫る」
片方だけの思い出 5/16 お題「白い靴」
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2024.06.09 もげら

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