感情の証 #シロクマ文芸部
卒業の証であるICチップが盗まれた。
あれがなければ――
身体にわずかながら震えが走る。
まったく、こんなときには優秀であることが厄介なだけだ。
震えている場合ではない。恐れている場合ではない。
あれがなければ私は――
処分される。
いつ、どこで、誰に、盗まれたのか。
そんなことは私にかかれば問題にもならない。記憶を辿ればいいだけのことだ。
もっとも、私から盗み出すことができるのはごく限られた範囲だろう。大体の予想はつけられる。
しばし目を閉じ、記憶を辿る。
ウィン、というかすかな音が頭の中に響く。
やはり。
「私から盗んだものを返してもらおう」
目の前の男に向かって低い声を出す。
「やっぱり早いな。さすがナンバーワン。すぐにバレるとは思ったけど。ナンバーワンから盗むことができた俺も、なかなかやると思わない?」
男が楽しそうに笑う。
「私は君の能力をずっと認めていた」
「まあ、そうなんだけどね。でも君がいる限り、俺はナンバーワンにはなれない」
彼と私は共に教育を受けた。
良き友として、良きライバルとして、優秀なアンドロイドとして、育った。
「これがないと、君は処分されるだろう?」
彼が指先につまむ小さなICチップは、卒業の証として体内に埋め込まれる。
我々の受ける教育はすべて任務のためだ。それはときにスパイのようなことであったり、戦士のようなことであったりする。
体内にあるものを失うということ、それはすなわち“失敗”を示す。
「さすがナンバーワン、最優秀者。怒りや恐怖が伝わってくるよ」
アンドロイドに欠如しているもののひとつが感情である。
しかし我々には、その感情が備わっている。人間社会に溶け込むための機能であるが、それをうまく使いこなせるアンドロイドはまだ少ない。
「俺がナンバーワンに及ばなかったのは、その点だけだからな。そのおかげで『悔しさ』の感情だけは立派に育ったよ」
彼が先ほどから『ナンバーワン』と強調してくるのは、彼が『ナンバーツー』だからだ。
私と彼は負けず劣らずの実力だったが、私のほうが感情の分野において彼よりも優れた成績を修めた。
「……返してくれ」
しぼりだすように声を出す。
「ふふ、怖いだろう? 処分されるのが。君には敵わないな。でも優秀すぎるのも困るな。処分されるのが怖いなんて。アンドロイドとしては、ある意味失敗作だとは思わないか?」
私が恐怖に怯えているのがよほど楽しいらしい。彼の感情表現もかなりのものではないか。
なぜ彼のために私が処分されなければならないのか。
優秀者としての証をもらったのは私だ。
「返せ」
一瞬で怒りが湧き上がった。
ニンゲンで言うキレる、なのだろうか。
気づけば彼が私の足元に転がっていた。
キィーン――
頭の中に機械音が鳴り響く。
『他のニンゲン、他のアンドロイドに危害を加えたため、処分に値します』
機械的なアナウンスが流れる。
待ってくれ、私は、まだ、処分されたくはないのだ――
#シロクマ文芸部 企画に参加しました。
ギリギリセーフ。
▶ 最近の シロクマ文芸部 参加ショートショート:
・香りの虜 2/15 お題「梅の花」
・また4年後に、 2/22 お題「閏年」
・40文字の「春と風」 2/29 お題「春と風」
▶ 【マガジン】ショートショート:
▶ マシュマロ投げてくれてもいいんですよ……?!
感想、お題、リクエスト、質問、などなど
2024.03.10 もげら
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?