見出し画像

巨匠監督の最新作の行方と現代ハリウッド病 | 今日の映画ニュース/コラム

ショービジネスに花咲くハリウッドはいま、持病が悪化している。脚本家組合と俳優組合のダブル・ストライキを経てもなお、ビジネスマンとクリエイターのあいだの溝が埋まらないのだ。そんな病からあらわれる症状が、このところ、ある巨匠監督にまつわる報道からよく見えてきている。


『ゴッドファーザー』『地獄の黙示録』で知られるハリウッド映画界の巨匠、フランシス・F・コッポラ。かの大監督の周囲がいま、騒がしい。

渾身の最新作『メガロポリス』

渦中の話題は、続報が待たれる彼の最新作『メガロポリス』の北米配給権の行方だ。同作はコッポラ・ブランドのワイナリーを売却するなどして私費で賄い、1.2億ドル(185億円)の巨費で制作した同氏初のSF作品。なんと脚本は1983年から書きはじめ、20年以上前から作ろうとしていたらしい。80歳を超えたいま、ようやく制作が実現。文字通りの大博打であることが話題だ。

作品は今年完成、秋に公開を予定している。すでに撮影は終えており、編集済みのラフカットが配給会社向けに試写されたのが先月末、3月28日のことだった。

あらすじの解説を見る限り、古代ローマ帝国を彷彿とさせる世界観で、近未来のニューヨークを描いている。災難に見舞われた大都市で、革新的な再生技術と建築手法を用いての都市再建に踏み切ろうとする男(ドライバー)と、それに反対する保守勢力との葛藤を描いているらしい。出演陣はすこぶる豪華。アダム・ドライバー、ジャンカルロ・エスポジート、ナタリー・エマニュエル、ジョン・ヴォイト、ローレンス・フィッシュバーン、オーブリー・プラザ、シャイア・ラブーフ、ダスティン・ホフマンなどなど。

IMAXシアターで行われた試写会には、近親者や主要スタッフはもとより、北米の大手スタジオや配信事業者のトップがずらりと名を連ねた。以下は現場に立ち会った大御所記者で、Deadline誌共同編集長のマイク・フレミング・ジュニアが出席を確認した面々。

トーマス・ロスマン(ソニー・ピクチャーズ会長)
テッド・サランドス(ネットフリックスCo-CEO)
パメラ・アブディ(ワーナーCEO)
メアリー・ペアレント(MGM会長)
デビッド・グリーンバウム(サーチライトCEO)
ドナ・ラングレー(NBCユニバーサル会長/CCO)
コートニー・ヴァレンティ(ワーナー役員/開発・制作部門責任者)
ダリア・セルセック(パラマウント映画部門共同責任者)
マーク・ワインストック(パラマウント配給・マーケティング責任者)
マイケル・バーカー(ソニー・ピクチャーズ・クラシックス共同経営者)

錚々たるメンバーが、終映後コッポラを囲んで労ったと報じられている。拍手を送る人々の中には、涙ながらに賛辞を送る者もいたそう。

ほどなくして4月9日の報道では、『メガロポリス』が今年の第77回カンヌ映画祭でガーラ作品として上映されることが伝えられた。上映予定日は5月7日、金曜の夜。大監督のコッポラに相応しいVIP待遇だ。

速報では「本来ならベネチア、テルライド、トロントの各映画祭のうちのどれかを狙うのが安全策だった」と伝えられており、仮に未完成のラフカットであっても、コッポラがカンヌを目指すことにこだわりがあったことが伺える。

それには事情がある。

その昔、1979年公開の同氏監督作『地獄の黙示録』の撮影が難航していた折、カンヌが同作を招待した上、最高賞であるパルムドールを与えた。これで「コッポラは終わりだ」と鼻を鳴らしていた連中も驚かせ、作品も氏を代表する名作として讃えられるきっかけになった。そのときも未完成のラフカットで勝負に出たことも、今回の動きと重なる。

コッポラ側も本作で、『地獄の黙示録』と同じ奇跡に期待しているわけだ。

高すぎる値札、尻込みする買い手

問題は、この渾身の博打に、まだ買い手がついていないことだ。そればかりか、作品の内容を疑問視する声も伝えられている:

曰く、「商業性がない」「誰が善玉か悪玉かわかりにくい」「売り文句が思いつかない」ー。その記事を受けて、別のタブロイド誌による「何が問題視されているのか?」の分析もある:

ポイントはさまざまだが、最大の争点ははっきりしている。コッポラ側が要求している配給側でのコミットメントに、どのスタジオも尻込みしているのだ。

P&A(マーケティングと劇場配給)費:
・アメリカ国内配給=4,000万ドル(およそ62億円)
・国外配給=8,000万ドル(およそ123億円)
・国内外合計計:1.2億ドル(およそ186億円)

THR: Francis Ford Coppola’s ‘Megalopolis’ Faces Uphill Battle for Mega Deal: “Just No Way to Position This Movie”

つまり、コッポラ側は買い手に185億円(制作費)+186億円(P&A)のコミットメントを求めている。言ってしまえば、全世界400億円以上の興行収入を稼いでも、元が取れるかわからない。これは天文学的な数字だ。

これだけの公開規模を実現できるのは、大手スタジオの後ろ盾があるアート系レーベルくらい。だが、それらの筆頭となるサーチライト(ディズニー傘下)やフォーカス・フィーチャーズ(ユニバーサル傘下)は価格競争からすでにドロップアウトしたらしい。一方、エッジの効いた若手レーベル、NEONやA24などに出せる金額感でもない。

要は、「収められる器がない」状態なのだ。

困ったときの…フランス頼み

こうした現状を見て、突飛な記事もあちこち飛び出した。すなわち、「お願いしますカンヌ様、『メガロポリス』にパルムドールをあげてハリウッドのビジネスマンどもに目にモノ見せてあげてください」だ。

「数々の名作とヒット作を生み出してきた巨匠の渾身の大作に投資できないハリウッドが情けない」「制作中は批判だらけだった『地獄の黙示録』を正しく評価してくれたときのように、『メガロポリス』を評価してあげてほしい」「アーティストを信じないビジネスマンどもの鼻を明かして、コッポラの名誉を挽回してあげて欲しい」ー。

しまいにはアメリカ独立戦争を引き合いに出して、「あのとき助けてくれたように、今回もアメリカのアート界を救ってくれ」と言っている。愛嬌のある意見書だが、その他力本願ぶりには苦笑せずにいられない。


現代ハリウッド病の症状たち

ハリウッドは常に選択的な記憶喪失だ。

ビジネスとアートのせめぎ合いの末に、失敗したときの記憶だけがトラウマとなって残る。一方、不確かな賭け事が成功したときの記憶は「例外」として戸棚にしまってしまう。

『クレオパトラ』(1963)でスタジオが一社潰れかけた記憶。『天国の門』(1980)で巨費が水泡に帰したトラウマ。『ジョン・カーター』(2012)が火星を舞台にした映画の芽を完全に積んだ経験。コッポラの『ワン・フロム・ザ・ハート』(1982)の大失敗がコッポラ一族に巨額の借金を残したことも、忘れられてはいない。

一方『ゴッドファーザー』でスタジオの重役たちが主役のアル・パチーノを気に入らず降板させようとしたり、『地獄の黙示録』の撮影当時、業界中が相次ぐトラブルを冷ややかに批判したりと、のちに大成功した作品に反発した自分たちの所業は、体よく忘れるのがハリウッドだ。

強者の天下、勝ち組の理論はある。

だがその裏で、ビジネスマンは敗者にならない。敗者は常に、自分を晒したアーティストのみ。敗者が敗者にならずに逃げ回れるのもまた、ハリウッドなのだ。

そんなビジネスマンたちには「わかりやすい賭け事に徹したい」という慢性的な症状も、よく出る。フランチャイズ・ブーム、ユニバース・ブーム、IPブーム。スーパーヒーロー映画の神通力が効かなくなったいま、業界中のプロデューサーたちがいま買い漁っているのがゲームIPだったりするのも、ハリウッド病のわかりやすい症状だ。

「何か大きなものに縋りたい」「世の中で事前に証明されているものを土台にしたい」ー。「安全な賭けにできるだけたくさんお金をかけて、大きなリターンをもらいたい」ー。

お金の掛け方には「ハイリスク、ハイリターン」を求めるが、「選ぶ題材は極力ローリスク」を狙うのも、現代ハリウッド病の顕著な症状となっている。

結果、常に安全な賭けに出ようとするスタジオのビジネスマンたちが、独自の感性を表現したいアーティストたちの心を離れさせる。結果、そんなアーティストたちが反証を作ってやろうと極端な賭けに出る。『アバター』のジェームズ・キャメロンしかり、今回のコッポラもしかり。

『メガロポリス』は、安全な賭けにしか興味を持とうとしないビジネスマンたちにそっぽを向かれ続けた巨匠が仕掛ける、自身の名誉と全財産をかけた「聖戦」であり、ハリウッドに対する叛逆なのだ。仕掛けられるだけの賭けを仕掛けて、ハリウッドに警鐘を鳴らしたい。それを行動で示しているのが、今回のコッポラなのだと思う。

こんなことになるくらいなら、はじめから歩み寄って対話し、成功させる方法を一緒に模索するハリウッド・スタジオのひとつやふたつ、あってもよかったんじゃないか。そう思うと、少し切ない。

そんな現状を見て、『メガロポリス』の成功をつとに願う自分がいる。

でも、成功しなくたっていい。

最悪、面白くなくたっていい。

こんな挑戦を決め込んだ巨匠コッポラの背中は、ぼくらがみんな支えるはずだから。


余談

ところで先日、コッポラの奥様が他界したとのニュースも報じられた。享年87歳のエレノア・コッポラは、『地獄の黙示録』のメイキングを長編ドキュメンタリーとして編纂した『ハート・オブ・ダークネス コッポラの黙示録』の監督でもあった。

世紀の大博打の最中、61年連れ添った人生の伴侶を亡くすのも、人生というか運命の業を感じる。

一方、1990年のコッポラ監督作『アウトサイダーズ』の原作がブロードウェイ・ミュージカルになって舞台化されたことも報じられている。コッポラが直接関わってはいるわけではないようだが、その名が引き合いに出される場面が尽きないことが、やはり印象深い。



文責:小原康平


この記事が参加している募集

コンテンツ会議

映画が好き

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?