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1冊10円、合わせて100円

1冊10円、合わせて100円。

私が小学校に上がる年に母親が古本屋で購入してきた本の話。
母は幼稚園の講演会でこの本を勧められ、自分が読むために古本屋で買ったらしい。
作者の半自伝的な物語で明治、大正の埼玉県唐子村での小学校時代が天の園6部作、川越中学校時代が大地の園4部作におさめられている。


当時本の虫だった私は活字なら何だって読んだ。勿論、この1冊10円の本も。
そうして出会った保少年は小学校1年生の姿で私の前に現れた。1年生になって嬉しくてしょうがない私と同じ年で。


私がランドセルや制服で跳ね回るのと同じように彼も鞄を下げて帽子を被って駆け回る。教室の机や教科書がきらきらして見える。100年近く遠い場所で私たちは同じだった。
古くて面白くなさそうだと思っていた10冊を夢中で読み耽った。
彼が1冊で1年成長していくにつれて、取り残された幼い私には理解できない話も多くなったけれど、彼の目に映る景色や人々、生活が瑞々しく眩しかった。都幾川、すりばち、武蔵野の山に時の鐘、五百羅漢…。
ホグワーツに憧れたように、彼の暮らす村や町にもまた憧れていた。
ディズニーランドに魔法がかけられているように、唐子村もまた魔法と夢の中に存在していた。


何かにつけては天の園を思い出していた。初めて地図帳をもらった小学4年生の頃には地図帳で都幾川を見つけては喜び、中学校で富岡製糸場の絵を見ては女工になった保の姉に思いを馳せて。高校の時には苦手な近代日本史も関連付けて覚えて、旧制高校だった大学では記念館の写真や資料を見ては物語に登場した幾人もの学生を思い出し高揚した。そして今、大河ドラマ「いだてん」の再放送を視聴して同じ時代に生きた保少年の事を思い出している。読み返すと長距離走が得意だった主人公と共に当時のマラソンブーム、それを牽引した金栗四三氏の事も触れている。中学生が皆、マラソン足袋を履いて走り、運動会で活躍したマラソン選手は街でちょっとした有名人になっている事も興味深い。


幼いころには理解が難しかった大地の門4部作。思春期を迎えた主人公の心は難しくなり、しかし彼を取り巻く人々は変わらずに素敵で。今読み返して改めて格好良く映るのは彼の先輩達。親元を離れ中学校で勉強する彼らは長屋で共同生活を営み、個性的な料理を拵え、そしてひたすら勉学、柔道に励む。周りの大人たちは彼らの事を気持ちの良い書生さんだと暖かく見守る。小さな私は彼らの素敵な生活に憧れていた。高等学校に進学してひげもじゃで汚い恰好のバンカラさんになったお兄さんにも。
大きくなったら彼らのように気持ち良く一生懸命に勉強するのだと思っていたのに私の大学生活はとことん自分に甘い、いわゆる遊ぶために大学に行く最近の若者そのものだったと思う。大学入学からやり直したい。






この本は作者の母に捧げられている。第二の主人公は母かつらだと記されていたが小さい頃にはその意味が分からなかった。見守ってくれる優しいお母さんだけれど、主人公では無いと思っていたから。多少なりとも成長した今ならその強さをひしひしと感じる。

昔は代官を務めていた家のお嬢さんとして育ちフェリス女学院に進学、エリートの夫を持つ彼女は夫の大病により唐子村に帰ってくる。夫の看病と子育て、実家には以前のような余裕はない。さらに夫に先立たれた後には村を襲ったジフテリアにより子どもも2人亡くしてしまうし、残された母1人子ども3人の貧乏暮らしは続く。
それでも彼女の心は豊かで大きい。再婚の話も切下げ髪で拒否し、慣れない畑仕事をこなしながら、貧乏に涙しながら、子どもの成長を感じる喜びに溢れた日常を生きる。
実兄に「景色だけではメシは食えんぞ」と言われた際に返した「景色でおなかのくちくなるような子に育てます」という言葉が彼女を物語る。






22歳の冬、東京の祖母の家を訪ねた際に1人で川越まで足を運んだ。慣れない電車を乗り継ぎ、地図アプリを頼りに辿り着いた川越は小江戸として評判で、観光客が多かった。
大きな麩菓子を持つ小さな子ども。大きなカメラをぶら下げた外国からの旅人。人の波を写ルンです片手にふらふらと歩いた。町のシンボルとして当時も活躍していた時の鐘は工事中。川越中学生もよく訪れていた喜多院の五百羅漢。ひとつずつ、ぱちりと写真にしまいこんで歩いた。

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観光客が多く訪れていたあの川越は、当時の生活感そのままではないけれども、保全された街並みは物語の舞台を十分に感じることが出来た。
1人で知人もいない、見知らぬ土地を訪れる経験も初めてで、十分に歩き回ることが出来たとは言えず、いつかもう一度訪れたい。

唐子村だった場所や入間市の旧石川組製糸西洋館も。訪れたい場所はまだまだあって、私の人生は限りある。

1冊10円、合わせて100円の出会いに感謝と愛を。

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