見出し画像

喉の奥に4日目。

土曜日の小さな川に夕空が映っていた。
美味しそうな雲が私の下に浮かんでいる。水草に撫でられる夕焼け。水も空も、とぷとぷ流れていく。



まだ年齢が2桁に満たない頃、よくこの川に入っていた。アスファルトや石のブロックに手と足をかけて、ゆっくりゆっくり降りていく。トムソーヤにでもなった気分。

私達が川に入っても怒られなかったのは、そこに「川のおじちゃん」がいたから。
長靴を履いた彼は、川に落とされた空き缶等のゴミを拾っていた。
私達が川に入ろうとすると、彼は危ない所を教えてくれる。深くなっている場所、近づいちゃいけない場所。
そうして一緒に空き缶を拾って、魚や蟹を追いかけて。手伝ってくれてありがとう、と偶にジュースを奢ってくれたりなんかする。
迎えに来た母は挨拶をして、多分一緒に遊んでくれたお礼を言っていたかもしれないな。
そんな日の日記には意気揚々と川の掃除をした事を書き込むの。素晴らしいね、と褒めて貰うのが待ち遠しくて。
生まれたての私の正しさは両親と先生で。彼らは間違うはずのないひとびとで。




学校から帰宅した私が母に尋ねられたのは、川のおじちゃんに何か変な事をされなかったか、という事だった。

他の子どもが変な事をされたのだって。
次の日には学校で呼び出されて、先生は私に謝った。
ごめんね、日記に書いていたのに気づかなくてごめんね。変な人について行ってはいけないよ。悪い人には気をつけようね。

あんなに褒めてくれていたのに。
良い人と良い事をしましたねって。
川を掃除していた彼が正しい人じゃなかった、という事よりも、正しさが揺らいだ事の方が衝撃的だった。

生まれたてだった私の正しさは削がれて丸くなったり、窪んだり。今はもう歪な形でどこかに転がっているみたい。



いつのまにか工事が進んだ川は、今は簡単に降りられないようになっている。
水草に引っかかっている空き缶を拾う事も出来ないな、と眺めて小さな橋を渡る。
素敵な夕焼けを写し取った水面の、そこだけがどうしようもなく、今も喉の奥に凝ってしょうがないな。

この記事が参加している募集

スキしてみて

この街がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?