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アーティスト視点で考える愛されるマーケティングとは?【エンタメみらい会議 Vol.3】

Modern Age/モダンエイジ事業本部のレーベルヘッド・高野修平(@groundcolor)が、エンターテインメント業界で活躍している方やブランドの担当者など、いま語り合いたい方をゲストに迎え、マーケティングを通してエンターテインメントとブランドの未来について熱論する「エンタメみらい会議」

第3回のゲストは、オルタナティブロックバンド「THE NOVEMBERS」のボーカル/ギターを務める小林祐介こばやしゆうすけさん(@Pale_im_Pelz)。ソロプロジェクト「Pale im Pelz」や 、中野雅之(BOOM BOOM SATELLITES)とのロックユニット「THE SPELLBOUND」、CHARA・yukihiro(L‘Arc~en~Ciel)といった数々のアーティストのサポートなど幅広く活動を行っている小林さんとともにお送りする今回のテーマは「アーティストにとって、マーケティングは必要か?」です。

THE NOVEMBERS 小林祐介
2005年結成のオルタナティブロックバンドのボーカル/ギター。2007年にUK PROJECTより1st EP「THE NOVEMBERS」でデビュー。2013年10月には自主レーベル「MERZ」を設立した。THE NOVEMBERSとしての活動のほか、中野雅之(BOOM BOOM SATELLITES)とのバンド「THE SPELLBOUND」としても活動。これまでにCHARA・yukihiro(L‘Arc~en~Ciel)・Die(DIR EN GREY)のサポート、浅井健一と有松益男(Back Drop Bomb)と結成したロックバンド「ROMEO`s blood」など、幅広いアーティスト活動を行っている。
株式会社トライバルメディアハウス Modern Age/モダンエイジ事業本部 事業本部長/レーベルヘッド 高野修平
株式会社トライバルメディアハウス所属。執行役員/『Modern Age/モダンエイジ』事業本部長/レーベルヘッド。チーフコミュニケーションデザイナー、クリエイティブディレクター。 トライバルメディアハウス内にある日本初のブランドマーケティングと音楽マーケティングを融合させたマーケティングレーベルを設立。ナショナルクライアント、テレビ局、音楽配信会社、映画配給会社、レコード会社、アーティストといった幅広いエンターテインメント業界を支援している。最新刊は『始まりを告げる《世界標準》音楽マーケティング』M-ON番組審議会有識者委員、尚美学園大学非常勤講師。‬年間講演本数は70本を超える。

マーケターはアーティストの“翻訳家”

高野:普段だと、付き合いも長いので当然ながらタメ口で話していますし、「祐介」「修兄(しゅうにい)」とラフに呼び合っていますが、今日は対談ということもあるので、あえて敬語かつ「小林さん」「高野さん」でいきましょうか。なんだか変な感じがするけど(笑)。

さて、アーティストの立場である小林さんとコミュニケーションデザイナーの立場である僕が出会って、シングル『今日も生きたね』(https://www.youtube.com/watch?v=vngPMNcse6k)に始まり、これまでさまざまなアーティスト活動をともに歩ませてもらってきました。最近ではコロナ禍も相まって、音楽づくりに対しての意識や考え方にも変化が生じた部分があったと思うのですが、いま小林さんが音楽づくりで大切にしている考え方はなんでしょうか?

小林:以前は自分がバンドを率いていくことを重視していたのですが、最近はバンドメンバーが「関わったかいがある」と思える楽曲をつくることに価値を置きつつも、自分以外のほかの3人のもとに曲をもっていったときに、そこからどんな変化が生まれるかという“自分でもどうなるか分からない”状態を掴まえにいく意欲を大切にしています。打算的なやり方や「こういうのがトレンドだ」という方法論ではない、インスピレーションのようなものを大事にしたいと感じています。

高野:今の話もそうですし、前々から活動に関わらせてもらう中で小林さんに対し感じていたことが、「作り手の発想」のような主観的な想いがありながら、視聴者やファンに届けることへの客観的な意識も強い人だということです。小林さんのなかで、「音楽を届ける」ことをどのように捉えているのですか?

小林:音楽を届けるうえで、今は「自分たちがこうしたい」という想いを重視しようというところに立ち返ってきています。これまでを振り返ると、現実は違うと分かっていながら、「こうあってほしい」という願望と現実の区分を曖昧にしていたんですよね。その願望と現実のギャップがリモートや配信になったことで鮮明になりました。自分たちが「ライブ見たいよね⁉」と思っていても、「今はそれどころじゃないでしょ」というファンがいたり、「今ならではの楽しみ方で楽しみたい」と思うファンがいたりして。じゃあ何に重きを置いて活動しようか考えたときに、マーケティング的な目線をもって現実を直視することが必要でありながら、やはり自分たちがどうしたいかを明確に持っているべきだと感じたんです。「自分たちが何を考えているか」を丁重に扱おうという、スタート地点に戻ってきた感覚で音楽をつくっていますね。

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高野:アーティストである以上、「自分たちがしたいこと」を明確にもっておくことは大切ですよね。それでいて「マーケティングも大切」と思ってもらえていることが本当にうれしいです。それで思い出したのが、以前小林さんが僕の役割を「THE NOVEMBERSの“翻訳家”」と言ってくれたこと。マーケティングを“翻訳”と表現した意図をうかがってもいいですか?

小林:高野さんと関わりだした頃って、自分自身が伝えたいことや言いたいことがあるけどうまく表現できていない、ふわふわとしていた時期でした。それでも曲をつくって誰かに聴いてほしいという思いは常に強くて、そんなときに「その方法だと誤解されるよ」「その歌詞で言いたいことはこういうことなんじゃないのか?」など、コミュニケーションしながら気づかせてくれる対話の相手・気づきを与えてくれる相手が必要だった。今の自分にとって重要なコミュニケーションをしてくれたのが、同じミュージシャンや音楽関係者ではなくマーケターである高野さんだったから、そんな意図を込めて“翻訳家”と表現したような気がします。

高野:たしかアルバム『Rhapsody in beauty』をリリースした頃でしたね。その一つ前に関わったシングル『今日も生きたね』も含めて、なぜマーケターである僕と仕事してみようと思ってくれたんですか?

小林:まずはシンプルに『今日も生きたね』(※1)のときのコミュニケーションがとても刺激的だったんです。コンセプトを明確にして曲をつくる経験をしたことで、曲以上にコンセプトの方がしっかり受け手に広まったことが、経験としてとても大きかった。その経験を経て「次も高野さんとやれたらどんな世界が広がるんだろう」と思ったんですよね。

また、マーケターである高野さんの言葉や世の中で新しく生まれているキーワードを取り入れ、「いいな」と感じたものを補完していくプロセスの重要性も当時感じたんですよね。

※1 シングル『今日も生きたね』では、“大切に贈る歌”という楽曲コンセプトをベースに、CDを二枚組の「シェアCD」仕様にして展開。盤面には“To”と“From”の文字を記載し、渡したい相手へのメッセージを書き込むことができるデザインに。CDをコミュニケーションツールとして贈ることができる施策を行った。

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(シングル『今日も生きたね』ジャケット)

高野:「世の中がどう思うか」よりも「自分たちの生み出したものを捉えてください」という考え方を重視するアーティストもいる中で、小林さんはなぜマーケターとしての僕の役割を必要と感じてくれたのですか?

小林:路面店で直売、のような“インディーズ精神”だった時期もありましたが、せっかく一生懸命つくった楽曲を「つくったからあとはよろしく」と投げかけるだけではなくて、どういうお店でどのように売られていて、受け取った人はどんな顔をして聴いていて……という楽曲づくりのその先のことを自然と考えるようになったんですよ。楽曲をつくることだけでなく、能動的に音楽全体のことを考えるようになった。独立したことも大きかったですね。曲はできたけどCDってどうやってつくられるんだっけ? など、楽曲づくり以外の流れも自分自身で考えるようになったことで、音楽を届けることの仕組みや届けるうえでのマーケティングの大切さを実感しました。

高野:初めて関わらせてもらった『今日も生きたね』という楽曲に、しっかりとコミュニケーションコンセプトを込めたことで、より多くの人のもとに届いたように僕も実感しています。この楽曲をともに制作できてよかったと思います。


理想を失わず実現を目指すために必要なものが「マーケティング」

高野:「THE NOVEMBERS」に僕たちが関わらせてもらったなかで、小林さんがとくに印象深いものはなんですか?

小林:いろいろありますが……アルバム『Rhapsody in beauty』(※2)に収録されている『Romancé』(https://www.youtube.com/watch?v=8KKYXq0jNRk)のMV制作はとくに印象に残っています。“パラレルワールド”というキーワードで、見る場所・時間・人によって映像が変わる仕組みにしたMVはすごくおもしろかったですね。

※2 アルバム『Rhapsody in beauty』では、発売前から細かくターゲットを定義しコミュニケーション施策を展開。アーティスト写真・ジャケット写真・MV・デジタル配信・オンラインライブ・雑誌広告との連動・ライブとの連動など、総合的にソーシャルメディアセントリック(ソーシャルメディア中心思考)な施策を行った。

高野:僕も『Rhapsody in beauty』はかなり思い出深いです。『Romancé』のMVも含め、一つのアルバムで16個の施策を打ったことはなかなかないのでは、と思っています。「この施策のコンセプトはこれにして既存のファンに当てよう」「こっちの施策は新規の層に向けたコンセプトで発信しよう」など、一つひとつの施策に対してターゲットやコンセプトを明確に決めて怒涛の展開を行った。それをしっかりやり切れたことが、僕としても深く記憶に残っています。

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小林:雑誌ごとに広告のクリエイティブも変えましたもんね。

高野:「この雑誌はこういう人が読者で、こういうカラーの雑誌だから、こんな広告を打つべきだ」「ここの雑誌では人となりが見える言葉でクリエイティブをつくろう」など、ターゲットをしっかりと見据えた広告を展開したことで、広告を見た人から大きく話題にしてもらえましたよね。

僕の中では『Rhapsody in beauty』で「THE NOVEMBERS」にカラーがよりはっきりついたような感覚があります。プロモーション活動ではあったけれど、プロモーションを通して「THE NOVEMBERS」をいい意味で使い倒しながら、どれだけ「THE NOVEMBERS」にかっちりハマるコンテンツをつくれるかという挑戦ができたなと思っています。広告をつくる意識ではなく、コンテンツをつくりファンにクチコんでもらう意識を一貫して持ち続けた特別な思い出です。

小林:僕もこんな経験をしたことがなかったので、改めて「THE NOVEMBERS」のカラーを考える時間を過ごせましたし、マーケティングと楽曲制作の掛け算の力を感じるきっかけになりました。

高野:何より、このプロモーションを小林さんのようなアーティスト自身が許容してくれたことがすごいことなんです。それは、アーティスト・作曲家だけど、マーケターとしての思想も強い人だから。そう思ったきっかけは、小林さんが「ファンが払う対価はお金だけじゃなく、時間もそうである」とアルバム制作の中で言っていたこと。小林さん自身が、ファンにどう曲を届けたらいいか・どういう人にどうなってほしいかを考える「作り手」と「届け手」の両方の思考をもっていることが分かって、とても感銘を受けたんですよね。

小林:感銘を受けたのは僕も一緒で、「届け方のなかにも楽曲づくりのヒントがあるかもしれないから」と、高野さんがアルバム制作の過程においてとにかく会話してくれたじゃないですか。「これはどんな曲なの?」「人生がテーマの曲ならこんなアートワークはどうだろうか?」などと会話を重ねていくことで、自分の楽曲づくりも拡張されていく感覚が芽生えたんですよね。なので、高野さんと過ごした時間で得られた経験は、高野さんがいない場でも活きていますよ。会話することの大切さや、とことんコミュニケーションすることの重要性もそうですし、何より打算的な考え方を逆にしなくなったなと思います。楽曲を届けたい先のことを考えて、根拠を明確にもつようになりました。

高野:そういった経験を経て、僕のようなマーケターがアーティストの活動に関わるうえでどういうことを大事にしてほしいと感じていますか? 小林さんが思うマーケティングってなんでしょうか?

小林:理想を失わずに現実を求めることですかね。理想や理念がちゃんとあったうえで、さまざまな視点からいかに実現に近づけていくか、を一緒にひたすらコミュニケーションできると、僕たち自身がさらに拡張されていくんだろうなと思います。

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高野:なるほど。アーティスト活動のマーケティングに取り組むうえで、小林さんの思うマーケティングを実現するにはマーケター側がアーティストへの愛を持っていることも大切だと僕自身思っていて。愛がないとアーティストとの関係値はつくれないと思うし、愛のなさはファンに透けてしまう。楽曲を聴きこんで、アーティストを好きになって、愛をもっていい意見も悪い意見も伝える。それはアーティストに限らず、どの業種・業態のマーケティングをするうえでも一緒です。だから好き嫌いはせず、どんな企業・ブランドであってもいいところを一つでも多く探すことから始めています。

あとは、「THE NOVEMBERS」の音楽がすばらしいことは大前提として、それ以上の付加価値をマーケティングを通してもたらすことができたという実感を得られたことが、僕として大きな経験となりました。


愛されるためのコミュニケーションをマーケティングで実現する

高野:小林さんにいつも感じていることの一つに、「主観としての自分」と「俯瞰して自分を見ている自分」の2人が小林さんの中に存在している、ということ。「どう届ける」「どう見せる」という客観的な見方をしっかり持っている。いつからその感覚をもっているんですか?

小林:「こうありたい自分像」からは逃れられないから、そこと世間の見え方のズレみたいなものをひっくるめて、自分はどうしたいかを問うようになったのは最近のことかもしれません。自己表現への欲求はあるけど、「あなたに届けたい」という俯瞰の意識を、ようやく最近もてるようになったんですよね。

高野:それは小林さんが数年前からプロデュース業も行うようになったことも関係しているんでしょうか? 他アーティストのプロデューサーを務めるようになったことで、ある種のマーケター的な目線をもつようになり自身の変化につながった、とか……。

小林:たしかにそうかもしれませんね。小手先だけのやり方ではなく、自分がプロデュースするアーティスト自身を好きになることの大切さは、プロデュース業を通して気づきました。自分の嗜好の範疇で音楽づくりをしているだけだったら絶対に気づけなかった。そのアーティストのことや、アーティストのことを好きなファンのことも考えて楽曲をつくらなければならない、と反省しましたし、それは自身の音楽活動にも活かすべき学びだなと感じました。

高野:自分がこれまで関わっていない領域に関わることは、自分の世界を広げることにつながりますもんね。

小林:あとは、自分の属性がそもそもマイノリティだから、自分が満足する曲をつくるだけではいけないなと思うようになりましたね。「自分はいい曲をつくったからあとは配給の問題だ」と間違った割り切り方をしていた時期もありましたが、ありのままを届けすぎると敬遠されてしまうこともある。例えばハードコアを知らない中学生に届けるために「こんな曲だから少し視点を変えて聴いてみて」と注釈をつけたら興味をもってもらえるかも、などアプローチを考えていく大切さを感じたので、そこを誠実にやっていきたいですね。

高野:その“アプローチ”をコミュニケーションとしてデザインするのがマーケティングなんですよね。「こんな曲だから、こう聴いてみてください」と受け手へ届ける役割がマーケティングだなと僕は感じているんです。

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小林:本当にその通りですね! 蕎麦屋に入ってメニューに“パフェがおすすめ”と唐突に書かれていたら「なんで?」って不思議に思うけど、「まかないでスタッフから人気なのでメニュー化してみました」と一言添えられているだけですんなり受け入れられる。その「受け手がどう思うか」の想像が大事で、そのコミュニケーション方法を見出してくれるのがマーケティングですよね。その部分を委ねる余裕みたいなものももっていたいなと思います。

高野:小林さんは経営者的な視点もあるからこそ、委ねることの大切さも感じていますよね。いろいろな役割を担う経験をしてきたから、誰かに委ねることで自身が拡張する魅力を実感しているのだな、と話を聴いていて感じました。

そんな小林さんがこれからやりたいことや考えていることは何ですか?

小林:自分がもっているいいものを最大限に活かして、たくさんの人に愛されることを大切にしていきたいです。それは「THE NOVEMBERS」の活動でも、ソロとしての活動でも、他アーティストのサポート活動でも、何においても同様の想いでいます。

高野:「分かる人にだけ分かればいいんだ」というアーティストもいる中で、小林さんが「たくさんの人に愛されること」を大切にしたい理由ってなんですか?

小林:「自分はこういう人間だ」と示すことで自分を愛してくれる人が生まれてくるので、たくさんの人に愛される=自己受容することだと思っています。「この人に愛されるためにはこうしよう」「この人にはいいや」と受け手に対し態度を変えたり判別したりするのではなくて、自分をさらけ出していくなかで愛してくれる人を受け入れていきたいと考えています。そのさらけ出す表現が僕にとっては音楽なんですよね。

高野:僕は小林さんのように「愛されるための何か(音楽)をつくる」ことはできないから、その代わりに、いかに「愛を増幅できるか」「どれだけ多くの人に純度高く愛してもらえるか」をマーケティングを通して行っていけたらいいなと思っています。

今回の小林さんとの対談で、アーティストの目線でもマーケティングが必要な存在であることを実感できましたし、アーティストが懸命に生み出した楽曲を一人でも多くの人へ届けるために、マーケターとしてできる術をさらに拡張していきたいと強く感じました。また一緒に、たくさんの人に愛されるための活動ができることを楽しみにしています。本日はありがとうございました。


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★「THE NOVEMBERS」8thアルバムはこちら!
『At The Beginning』
https://the-novembers.com/discography/2020/11119/
★小林さん所属のロックユニット「THE SPELLBOUND」の5thシングルはこちら!
『FLOWER』
https://www.youtube.com/watch?v=Uj5XRNlNbXA
▼小林さんのSNS、運営サイトなどはこちら
Twitter @Pale_im_Pelz
公式HP  https://the-novembers.com/
公式YouTube https://www.youtube.com/channel/UCsoqb0b8hJ_PyBMTfQSq2lg
▼高野のTwitter・noteアカウントはこちら
Twitter @groundcolor
note https://note.com/mafactory/

※新型コロナウイルス感染症防止対策に配慮のうえ収録を行っています。


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