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北村早樹子のたのしい喫茶店 第4回「虎ノ門 喫茶フーガ」

文◎北村早樹子


喫茶フーガの外観

 わたしは27歳から、所謂難病の類の病気を患っている。
 最初は膝が痛くなり、次に脚、肩、首、顎、腕、最終的には朝、顔を洗おうとして水を両手で掬おうとしたら水圧で手指に激痛が走り、もう駄目かと思った。
 わたしはピアノを弾いて歌をうたう活動をしているのだが、とてもじゃないけどピアノなんか弾けない。鉛筆を持つのもたいへん、おはしを使うのがつらいので一時期なんでもスプーンで食べていた。
 何病院に行ったらいいのかわからず、とりあえず整形外科に行くも、骨には異常ないし血液検査も異常なし。半年ほど痛い身体を引き摺りながら病院をたらいまわしにされ、メンタルの問題じゃないのと精神科へ行くように言われたこともあったし、変な霊でも憑りついてるんじゃないかと塩をふられたこともあった。
 でもちゃうねん、ほんまに身体が、物理的に身体が痛いねん。もう15件目ぐらいの病院で、「あなたもしかしたらこの病気かもしれないけど、この病気診れる先生は東京ではこことここくらいです」と言われて門を叩いた病院は虎ノ門にあった。
 先生はわたしの身体を色々押して、その度、「痛っ!」となり、「あ~あなた完全にこの病気ですよ。半年間よく頑張りましたね」と言われてやっと病名がついた。自己免疫疾患の一種で、神経の回路が誤作動を起こして痛くないはずなのに痛いと感知してしまう病気らしく、未だあまり認知されていないし、治療方法も探り探りな状態らしい。
 10年ぐらい前に女子アナがこの病気を苦に自殺して、少しは有名になったけど、まだまだ一般的には広まっていない。わたしのかかった先生は一応、日本ではこの病気の権威らしい。それからわたしは月に一回、虎ノ門のこの病院へ通うことになった。
 病院の待合室はわりと地獄絵図だった。この病気は50代くらいの女性が発症することが多いので、患者さんはだいたいみんなおばさん。車椅子や杖の人もいて、その場合付き添いで母親が来ていることが多い。「痛い痛い……」と呻いているおばさんの隣には70代80代のおばあさんが座っている。いつかわたしもあんな風になるのかもしれないと思うと絶望的な気持ちになる。幸い、ステロイドをバキバキにキメたら痛みは治まってきた。
 しかし副作用で顔がぱんぱんになるし、薬が切れてきたらまた痛くなるし、完治する見込みは殆どない。保険を効かせても一本15000円する注射を毎月おなかに打たないといけないから、医療費もめちゃくちゃかかる。薬や注射がないと生活出来ないから、病院には行かないといけないけど、あの地獄絵図の待合室で1時間も2時間も待つのかと思うと本当に憂鬱。
 そうだ、病院行くついでに喫茶店もセットで行くようにすればなんとか頑張れる気がする! とわたしは虎ノ門で喫茶店を探した。
 オフィスも多い虎ノ門。カフェチェーンは大通り沿いにいくつも乱立しているけれど、それでは駄目。ちょっと小道を入ってみると、あった! 

大通りを曲がり小道に入ると素敵な看板が

 年季が入った青と水色のストライプのビニールの庇。看板には『喫茶フーガ』としっかり書かれている。「たばこOK」と書かれた紙も壁に貼り付いている。絶対ここはいい喫茶店に間違いない! わたしは確信して階段を降りた。

階段を降りた入り口前にも素敵な看板が


 扉を開くと、すぐにアップライトピアノが置いてある。しかしそのピアノは蓋の上に新聞がたくさん並べられていて、誰からも弾かれていない模様。贅沢な新聞置き場。でもこれはこれでありだ。ランチタイムは結構サラリーマンで賑わっていて、おどおどしているとエプロンをつけたやさしいおねえさんが、「こちらの席どうぞ」と案内してくれた。
「ランチは、ナポリタンとバジリコとハヤシライス、あとホットサンドもあります」
 とのこと。わたしはナポリタン大好き人間なので迷いなくナポリタンをお願い。
「ハーフサイズも出来ますよ、通常サイズは結構多めなので」
 そう言っていただき、一応病人なのでハーフサイズにしてみた。
 カウンターの中ではママさんらしき女性が、元気に鍋を振っておられる。手前にはドリップされたコーヒーがたっぷり入っているサーバーが置いてあり、「HOTコーヒーはこちらからどうぞ」と書いてある。他のお客さんを見ていると、どうやらコーヒーはセルフで自分で注いでいいらしい。店員さんはママさんとおねえさんふたりだけなので忙しいし、セルフサービスは飲みたいタイミングで自分で飲めるから、逆にいいかも。みんなに倣ってわたしも自分でカップに注いでいたら、
「コーヒーは2杯までおかわりも出来ますので」
 とおねえさんが声を掛けてくださった。えっコーヒーおかわりも出来るんですか!? 素晴らしすぎるじゃないか! 煙草も吸えて、コーヒーおかわりも出来る。これはもう、喫煙サラリーマンたちには天国だろう。
 しばらくすると、おねえさんがサラダをもってきてくれた。忙しいお店なのに、サラダはとても繊細に盛られていて、レタスの上に千切りキャベツとにんじん、カイワレ大根、きゅうりは綺麗に3枚並んでいて、カットされたピンクグレープフルーツまで乗っている。ドレッシングは恐らく手作りの、レモン風味のものがかかっていて、さわやかでとてもおいしい。
 それから少しして、ナポリタンハーフサイズが到着。えっこれで本当にハーフ?! しっかり一人前はありそうだ。ハーフにしといてよかった。しかしわたしが想像していたナポリタンとちょっと違う。ベーコンにウインナー、たまねぎ、ピーマン、ここまでは普通なのだが、更にキャベツ、ほうれん草まで入っている! キャベツやほうれん草が入ったナポリタンははじめて。しっかりケチャップで炒められた野菜はとってもおいしい。ランチに外食だとなかなか野菜が摂りにくいので、せめてフーガではしっかり野菜を食べてもらおうという、ママさんの心遣いなのでしょう。お味は正に、「愛情のこもったナポリタン」という言葉が浮かぶおいしさだ。

フーガのナポリタン。このボリュームでハーフサイズ⁉


 バジリコを食べている隣のテーブルを横目で見てみる。一般的なバジリコはバジルソースであえてあるだけでほぼ具がないものを想像してしまうが、フーガのバジリコはそんなわけなかった。ナポリタンとおなじようにキャベツやほうれん草やベーコンがもりもり入っていて、極めつけはスクランブルエッグが乗っている! なんだか喫茶店のスパゲッティの概念を覆された気持ちだ。
 食後に、図々しいながらコーヒーをおかわりさせていただいた。このまま本でも読んで長居したくなっちゃうけれど、ランチタイムで忙しいお店なので、早めに切り上げてお会計して店を出た。
病院は嫌だけど、フーガに来る楽しみが出来たので、ちょっと帰り道は歩みが軽やかになった。この後、8年ほど、わたしの通院を支えてくれたフーガなのでした。

今回のお店「虎ノ門 喫茶フーガ」

■住所:東京都港区虎ノ門1―5―9虎ノ門NPビルB1 
■電話:03―3580―4088
■営業時間:9時半~16時半(※現在、コロナ禍のため日によって営業時間が変わります) 
■定休日:土日祝

撮影:じゅんじゅん

北村早樹子

1985年大阪府生まれ。
高校生の頃より歌をつくって歌いはじめ、2006年にファーストアルバム『聴心器』をリリース。
以降、『おもかげ』『明るみ』『ガール・ウォーズ』『わたしのライオン』の5枚のオリジナルアルバムと、2015年にはヒット曲なんて一曲もないくせに『グレイテスト・ヒッツ』なるベストアルバムを堂々とリリース。
白石晃士監督『殺人ワークショップ』や木村文洋監督『へばの』『息衝く』など映画の主題歌を作ったり、杉作J太郎監督の10年がかりの映画『チョコレートデリンジャー』の劇伴音楽をつとめたりもする。
また課外活動として、雑誌にエッセイや小説などを寄稿する執筆活動をしたり、劇団SWANNYや劇団サンプルのお芝居に役者として参加したりもする。
うっかり何かの間違いでフジテレビ系『アウト×デラックス』に出演したり、現在はキンチョー社のトイレの消臭剤クリーンフローのテレビCMにちょこっと出演したりしている。
2017年3月、超特殊装丁の小説『裸の村』(円盤/リクロ舎)を飯田華子さんと共著で刊行。
2019年11月公開の平山秀幸監督の映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』(笑福亭鶴瓶主演)に出演。
2019年より、女優・タレントとしてはレトル http://letre.co.jp/ に所属。

■北村早樹子日記
北村さんのストレンジな日常を知ることができるブログ日記。当然、北村さんが訪れた喫茶店の事も書いてありますよ。


■北村早樹子最新情報
◎北村さんが作曲を担当した舞台、唐組・第68回公演『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』が公演中



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