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北村早樹子のたのしい喫茶店 第3回「西荻窪 それいゆ」

文◎北村早樹子
 

それいゆの外観

 わたしは2年ほど前から西荻窪に住んでいる。何故、西荻窪に住もうと思ったのかというと、それいゆがあるからだ。
 これは大袈裟でもおべんちゃらでも何でもない。間違いなく大好きな喫茶店だし、いちばん行っている喫茶店だ。すごいときは週3、少なくても週1は行っている。一週間に一度も行けないと、身体の調子が悪くなる。それぐらい、わたしの生活に欠かせない喫茶店だ。
 まずは出会いからお話しよう。
 わたしは普段はピアノを弾いて歌をうたう活動をしている。高校生の頃からはじめたので、もう20年近くやっていることになる。最初は大阪難波のひっかけ橋という路上からはじめて、その後ライブハウスに出始めて、しばらく大阪のライブハウスを転々としていたがどうにも大阪の音楽シーンに馴染めず、東京に逃げてきた。
 何が馴染めなかったのかというと、大阪は、みんなで手を繋いで楽しく仲良く生きて行こうや~という空気を強制するようなところがあるのだ。音楽シーンも然りで、大阪で長く愛されている音楽は、和気藹々と元気よく明るい、朗らかな音楽が殆どだ。わたしの歌は、冷ややかで陰鬱で暗い。ライブ中、いちばん最後までMCはしないので、曲間で拍手も起きない。拍手すらしてはいけないような、嫌な緊張感がびんびん流れているらしい。そんな音楽は大阪では受け入れられるはずがない。

 ところが東京にライブしにくると、不思議とお客さんはみんな静かにしっかり聴いてくれた。ああ、東京の人はみんな孤独やから、わかってくれるんやな~とうれしくなった。
 そうそう、大阪時代に、一度お客さんと喧嘩のようになったことがある。
何のイベントだったか忘れたが、確かアメ村にあるライブハウスで、誰かが催した企画に呼ばれてのライブだった。大阪のお客さんというのは、ライブハウス=音楽を聴く場所、ではなく、ライブハウス=みんなでわいわい喋る場所、と思っていらっしゃる方が多いような気がする。
 その日わたしは完全にアウェーで、わたし以外はみんな身内同士、みたいなイベントに放り込まれていた。本番、わたしがステージで暗い歌をうたっている間中、スタッフがずっとカウンターの中で大きな声で喋っていた。わたしは腹が立ったので、いちばん最後のMCで、「だから大阪嫌いなんですよね~」と言ってしまった。そしたら、その場では怒られなかったのだけど、夜、ツイッターでどこぞのライブハウスの店主を名乗る男性(その日は客として見に来ていたらしい)から、「おまえは金輪際大阪の敷居を跨ぐな」と言われた。おもしろかったのでしばらくその店主とツイッターでやりあい、それが拡散されてまあまあ盛り上がったのだが、彼は酔いでも醒めたのか、翌朝になるとすべての発言を消していた。しょうもないおっさんやな、と思った。
 話がズレました。
 そんな理由から、大阪の音楽シーンが嫌いになり、東京に出て来て、最初はライブハウスに出ていた。しかし、わたしはピアノの弾き語りなので、対バンにうるさいバンドを付けられて疲弊することが多かった。(そのうるさいバンドからしたら、対バンに暗い弾き語り女なんか付けられて迷惑だったことだろう)そこで気がついた。あ、わたしって別にライブハウス好きじゃないわ、と。ライブハウスだとどうしても電子ピアノになってしまうし(本当は生ピアノがいい)、びかびか光る照明もわたしの音楽には必要ない。それで、自然と主戦場は生ピアノの置いてあるカフェやレストランに変わっていった。
 その中で、10年ほど前よく出演していたのが、西荻窪のサンジャックというレストランだった。マスターと、その奥さんのみっちゃんが切り盛りする洋食レストランなんだけど、店内に立派なグランドピアノが置いてあり、日夜ライブ営業も行われている。マスターやみっちゃんにとてもよくしていただいて、わたしはそこで定期的に歌わせていただいていたのだけど、2012年にお店が愛媛県の松山に移転してしまい、出られなくなってしまった。 

可愛い看板

 そんな、サンジャックでライブをするために西荻窪に降り立ち、リハ終わりにふらふらと散歩をしていた。すると、めちゃくちゃ可愛い看板が出ていた。うさぎの耳のついた女の子の顔が描かれている正方形の光る看板。青い庇には『COFFEE HOUSEそれいゆ』と書いてある。どきどきしながら扉を開けると、とてもハンサムなお兄さんが、やさしい声で出迎えてくれた。
 店内に入ってすぐ、これぞわたしの求めていた喫茶店だ! と確信した。あたたかい照明、木のテーブルには花瓶に季節の生花が美しく生けてあって、ケーキのショーケースには手作りケーキのビクトリアやパンプキンパイやスコーンが並んでいる。その隣には本棚があって、絵本から純文学から漫画まで、絶妙な取り揃えの本(うちの本棚と被る部分が結構ある)が並んでいてうれしくなる。
 メニューを開くと、手書きの絵と文字が可愛く踊っている(本当に踊るような文字のフォントなのです)。

北村さんのお気に入り、厚焼きトーストのセット

 モーニングセットなら、わたしはシンプルな厚焼きトーストのセット、でもときどきは奮発して、ベーコンエッグトーストセット。それいゆのトーストは、トースターでチンではなく、フライパンでバターを染みこませて焼いてくれているので、香ばしくてとってもおいしい。ナイフとフォークでベーコンエッグをいただく、優雅な朝。紅茶はたっぷりポットで出してくれるのもうれしい。

ガーリックを効かしたナポリタン

 ランチタイムなら、間違いなくナポリタンセット。わたしは都内の色んな喫茶店のナポリタンを食べて来たけれど、いちばん好きなナポリタンが、ここ、それいゆのナポリタン。ガーリックがしっかり効いていて、食べると目が覚めて元気が出る。可愛い喫茶店なのに、食べ物は結構ストロングスタイルなのも、それいゆが好きな理由のひとつ。ナポリタンの上位クラスで、なすチーズナポリタンという夢のような食べ物もある。なすが入ったナポリタンで、最後にとろけるチーズをたっぷりかけてチンしてくれており、これはもう、ほっぺが落ちるレベルのおいしさ。パスタ屋さんでも十分勝負出来そうなおいしさだけど、あくまで喫茶店のスパゲッティなところがいい。
 それいゆはランチタイムが15時半までなのもありがたいところで、遅く起きたり、なんやかんやでおひるを食べ逃してしまったときなんかでも、しっかりごはんが食べられるのでいつも助かっている。

人気メニューのパンプキンパイ

 そしてティータイム、手作りケーキも充実していて、名物のビクトリアケーキやパンプキンパイ、とっても大きなシフォンケーキに、季節によっては焼きリンゴがあって、どれも派手じゃない素朴なケーキなのも好感が持てる。
 真ん中のカウンター席がある大テーブルには、大きな水出しコーヒーの透明のポットがどーんと鎮座していて、コーヒーがぽたぽた落ちる様を見ているのも楽しいし、このカウンター席は季節によってはクリスマス飾りやお正月飾りやお雛様など、可愛いものが並んでいて、いつも胸をほっこりあたためてくれる。
 店内も可愛くて素晴らしい、メニューもおいしくて素晴らしい、その上、働いておられる方も素敵なのである。ウエイター、ウエイトレスさんはみんな、雰囲気のある美男美女しかいない。忙しいお店なのに、クールにスマートに立ち振る舞っておられるところもさすが。わたしは行き過ぎなくらい行ってるので、話しかけてくださるやさしいウエイターさんもいるんだけど、決して立ち入って来すぎない、適度な距離感で見守っていてくれるので、週に何度も来ても気まずくはならない。
 もう、どこを切っても完璧な喫茶店、それがそれいゆなのであります。
 わたしはそれいゆがあるから、西荻窪に引っ越してきた。家で原稿に行き詰まったら、ちょっとそれいゆ行こう、と救いを求める。ライブをした帰りには、それいゆでケーキとコーヒーでひとり打ち上げをする。元気がなくなったときは、それいゆのナポリタンに力をもらう。
 それいゆさん、これからもわたしの心の拠り所であって下さい。
 

ナスのチーズナポリタン・ドリンクサラダセットもおススメです


今回のお店「西荻窪 それいゆ」

■住所:東京都杉並区西荻南3―15―7  
■電話:03―3332―3005
■営業時間:10時~20時  
■定休日:無休

北村早樹子

1985年大阪府生まれ。
高校生の頃より歌をつくって歌いはじめ、2006年にファーストアルバム『聴心器』をリリース。
以降、『おもかげ』『明るみ』『ガール・ウォーズ』『わたしのライオン』の5枚のオリジナルアルバムと、2015年にはヒット曲なんて一曲もないくせに『グレイテスト・ヒッツ』なるベストアルバムを堂々とリリース。
白石晃士監督『殺人ワークショップ』や木村文洋監督『へばの』『息衝く』など映画の主題歌を作ったり、杉作J太郎監督の10年がかりの映画『チョコレートデリンジャー』の劇伴音楽をつとめたりもする。
また課外活動として、雑誌にエッセイや小説などを寄稿する執筆活動をしたり、劇団SWANNYや劇団サンプルのお芝居に役者として参加したりもする。
うっかり何かの間違いでフジテレビ系『アウト×デラックス』に出演したり、現在はキンチョー社のトイレの消臭剤クリーンフローのテレビCMにちょこっと出演したりしている。
2017年3月、超特殊装丁の小説『裸の村』(円盤/リクロ舎)を飯田華子さんと共著で刊行。
2019年11月公開の平山秀幸監督の映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』(笑福亭鶴瓶主演)に出演。
2019年より、女優・タレントとしてはレトル http://letre.co.jp/ に所属。

■北村早樹子最新情報
◎北村さんが作曲を担当した舞台、唐組・第68回公演『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』が公演中


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