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地元諏訪に関して考える

ご無沙汰しています。
もうすぐ梅雨明けも予定されている中で、もう一度僕にとっての「諏訪」ってどんな感じだろう?と気持ちは曇ったままその時間が過ぎようとしています。

諏訪って?

僕は、諏訪で生まれています。
そして諏訪で高校生までの間生活していました。
その中で自分自身の体験として、保育園、学校、部活、クラブ、社会人クラブなどいろんなコミュニティに参加してきました。
ただ、その中で自分自身の求めているもの(例えば、自身の中で言葉にしなくてもわかる思いや感情の部分の他者への疑問や、言語化できるボキャブラリーの少なさ。)がなかなか言葉にできなかったり、人に理解さえされないことが常にありました。
その点で絶えず、人に興味があったり、人の感情面に関して深く考察したりなどをしたりして生活していました。
ここでは、まだ”諏訪”に結び付かないんですけど、先にいうと”繋がり”かなと思います。
これは、親や、近所の人、先生、学校の顧問、友達、好きな人などいろんな人たちの表裏を、幼少期から見ていた分だけ”他者”にものすごく興味がありました。
何でこの人は、”共有”したがらないのか、一緒にやったら楽しいのにとか。
何でこの人は、言葉にせずにものにあたったり、他者の意見に対して傾けれないとか。
でも、それは言語化していくにつて、心理学や哲学などを学ぶにつれて知っていったことでもありました。
生まれつき、”他者”というものに対して深く追求していた分、あまりにも”自分”が分からない。ということでもありました。
そこで人との出会いや何かの実践による知識によって自分自身を追求するにつれて、自分が”繋がり”というものであったりよりそこに紐づくなにかをしるということに関心が傾いていきました。
その中で、文化人類学であったり、キャリアデザインから見る自分の過去みたいなことを調べていく過程において、”諏訪”というものが他者との共通項や、自然においての共通体験など人やものをつなぐ土地そのものとして理解していくなかで自然と惹かれていきました。

諏訪という土地、風土

諏訪は、フォッサマグナと西側の縁にある断層、静岡糸魚川構造線に線上にあり また中央構造線という、「日本列島」ができる時代に形成された断層です。
また、糸魚川から諏訪は「塩の道」であり交易のルートとしても使われました。
そして「中央構造線」もまた数多の神社があることから、パワースポットの原点とされていたりとしています。
その二つが交差する諏訪湖もまた、断層によって生まれた断層湖であったりします。
この点からも集積地、言葉を改めて、いろんなものと人が集う場所になっていました。

諏訪にある「ReBuilding Center Japan」

下諏訪などは、甲州道中での最終地点であったりと縄文以前から江戸あたりまで使われていた歴史があります。
その場所、諏訪でも八ヶ岳によって山が囲まれていたり、今以上に大きかった湖などのもともとあった巨大な自然がありました。
諏訪湖自体は、もともと岡谷、諏訪、茅野市を占めるほどにでかかったという知見もあります。

また、標高が高い分、寒冷地であったために「発酵産業」が盛んでした。
今でいうところの「味噌」や「日本酒」ですね。

他にも、「東洋のスイス」という異名があるように、数多の精密機械の会社があったりしている。
そのほかでも、セイコーエプソンは大きい例だと思います。
またヨドバシカメラ、すかいらーく、湖池屋なども諏訪にルーツがあったり文学業界でも数多の出版人を出しています。
その点からも、クリエイティビティさがある場所、もっというと何が生まれるか分からないくらいにエネルギーが詰まっている場所なんです。

”僕”にとっての”諏訪”

エネルギーの集合体であるこの諏訪地域は、いろんな人の、自然の集積地でもある分、カオス(いろんな定義の飛び交う土地)で良いのかなと思います。
人とのより深いつながりというものは、今あるスマートな環境、自動化されたものだけに頼る環境、秩序が保たれている環境から発生はしません。
クリエイティビティの満ちた環境、そして人を経由しない自然そのものからの刺激などによって、繋がりや地縁的なつながり等々が保たれてきたのかなと感じています。
今の時代は、”人”が、”自分”が、とか人間中心的な考えや、利己的な考えによって変化しています。
なので非論理的な感情の論理など、人間だからこそより認識できる営みに注力できることに焦点を当てれる場所が諏訪なのかなと思います。
これは僕が、過去諏訪に住んでいて、今諏訪ではなく東京で生活しているからこそその部分に着手できるのかなと感じます。


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