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歪なティアラ

「体大丈夫?」
「あー、まあ大丈夫」
「先シャワー浴びるか?」
「じゃあお言葉に甘えて」
 午前7時のベッドの上、彼と二人で言葉を交わす。

「いや、久々だったからやりすぎたわー」
「どんだけ欲強いん?笑」
他愛もない、生々しい話。
ははっ、と笑う彼の顔は悔しくなるほどに美しい。

「あ、今日ちょっと付き合ってくんない?」
「…!いいけど、なんで?」
「いや、ちょっと頼みがあってさ」
 何でだろう、顔が熱い。
悔しい、彼の誘い一つでこんな風になってしまう
あたしが憎い。

「今度彼女が誕生日だからさ、手伝って欲しい」
「…なーんだ、そんな事?」
 また、あの子の話。
そう、彼にはあたしよりもっと大切なものがある。
脆くて弱いこの関係とは比べ物にならない程強く結ばれた、あたしがなりたくてもなれなかったもの。

「女子の好みとか分かんねえし、教えてくれよな」
「そういう事まで徹底するなんて良い彼氏じゃん」

「…まあ、アイツのこと好き、だし」

 そう言った彼の顔は今までに見たこと無いような優しい顔をしていた。
ずるい、あの子はずるい。
 私が欲しくて欲しくてたまらないものをあの子は容易く手に入れてのほほんと生きている。あたしはこうでもしないと彼に触れられないというのに。
 こういう事をしても尚、彼の「特別」にはなれないというのに。
私だって彼とデートしたい、ハグだってキスだってしたい。

 私だって、愛されたい。

「あ、今日彼女来るんだった…」
「…そうなの?」
「悪い、今から帰れる?タクシー代出すからさ」
「いいよー」

 急いで服を着て、彼から1万円を受け取り、玄関へと向かう。すると彼も玄関先まで来てくれた。

「じゃ、またな」
「…」

 ここで、「帰りたくない」って抱きついたらどうなるんだろうか。
あの優しい顔で私を見つめてくれるんだろうか。
優しく抱きしめ返してくれるんだろうか。
って淡い期待を膨らませてみるけど、

「…うん、またね」
「おー」

出て来る言葉はこれだけ。彼の適当な相槌を聞きながらそっと彼の部屋を出る。

 分かってる、私がいつまでたっても「特別」にはなれないことも、惨めなことも。

そしてこの気持ちを諦められないことも。

 そう思うととてつもなく自分が空っぽで虚しい人間だという事に気付いて、私は情けなく彼のアパートの前で泣き崩れた。

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