【散文】「金縛りの少し前から」

 深夜2時頃。インターホンが鳴った。この時間の来客なんて、明らかに不審だと思った。俺とどういう関係なのかは分からないが、一緒に暮らしている女の人が(夢の中で、俺は明確にそうと認識していた)、俺に先立って玄関に向かい、来客に対応しようとした。俺が玄関に着く頃には、ドアを開けていくらか言葉を交わしていた。俺はこのあまりに不審な来客に対して、念のため気狂いを装って、低く不気味な唸り声をあげながら姿を現した。なんてことはない。客は宅配便だった。

 でも、なぜ彼らは二人いたのだろう?

 そのあと、俺はベッドで動けなくなっていた。腕を動かすこともままならない。鎖に縛られているような感じではなく、一寸も動かせない程の倦怠感が身体を支配しているような感覚だった。背中も布団から離れなかった。まるで、立ち上がるための筋力が、全身から失われてしまったかのように。

 次の場面で、俺は街に出ていた。よく見知った場所だったと思う(まあ、夢で出て来た場所や人なんて、すでに知っているような気がするわけだが)。俺は街の中を走り回っていた。さっきまでの金縛りの名残が全身に残っていて、言葉を喋ることもできず、宅配便の男たちに向かってあげた、気狂いじみた唸り声しか出すことができなかった。
 信号のない交差点に差し掛かった。2、3人の男たちが、俺と同じような唸り声をあげていた。男たちはどこへむかうでもなく、ただそこをウロウロしていた。顔が緑になっていたり、溶けていたり、身体が曲がって歪な歩き方をしていたり、何も知らない通りすがりの人には、否応なく不気味さと恐怖を掻き立てるような見た目だった。
 俺は彼らに近づいた。「大丈夫ですか?」そう語りかけようとした。しかし、俺の出す声もまた、彼らと同じく、低く不気味な、言葉をなさない何かでしかなかった。「大丈夫ですか?どうしたんですか?」あの時鏡があれば、彼らとそっくりな俺の姿が映し出されたはずだ。

 また、ベッドに戻っていた。今度は身体に自由があるのがわかったが、微かな呼吸がやっとで、あの唸り声ですら出す気にならなかった。全身の筋肉に適切な力が加えられない。でも、その時の俺には、このままでもそれはそれでいいのかもしれないという、ある種の諦念が心によぎっていた。

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