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【連載小説】『晴子』22

 4番卓に生ビール4つ、ハイボール2つ。17番卓に串カツ3種盛り二人前、24番卓が会計を済ましたから、空き次第新規の客を通す。
 頭の中で記憶した情報を忘れないように高速で反復しながら、キッチンの方へ戻る。キッチンからの料理を待つホール担当のバイト2人が待機している。
「4番卓に生4つとハイボール2つお願い。あと、24番卓が会計済ましたから、あの人ら帰り次第即片付けて新規通しちゃって。」
 ハンディを打ち込みながら、彼らに伝えるべきことだけ伝えてしまって、キッチンに入る。キッチン担当に尋ねる。
「牡蠣のバター焼きって、まだできます?」
 いわゆる在庫確認だ。
「できるよ。」
 その返答を聞いて、さっき戻りしなに聞いた3番卓の注文をハンディで通す。
 それが終わり、レジに客が来ていたので会計に向かおうとしたその時。さっきキッチンの前で待機していたホール担当のバイトの一人が聞いてきた。
「あの、竹下さん。」
「何?」
「さっきの3番卓の注文って、生とハイボールいくつずつでしたっけ?」
 溜息を我慢できた俺をほめてくれ。
「だから、生4つとハイボールが2。あと、その注文は4番卓な。」
「あれ、そうでしたっけ?」
 新人とはいえ、仕事が出来なさすぎる。森や島田がいてくれたらと思ったが、こんな日に限って二人ともシフトに入っていない。
 俺は、注文伝票の印刷機に挟まったままの伝票を抜き取って彼に見せた。
「ハンディで打った注文は、ここからシートになって出てくるから、それ確認して。」
 レジの客を見ると、こちらの様子を伺いながら、会計を待っている。俺はすぐにレジに急いだ。
「大変お待たせしました。」
客は結構並んでいた。さっきのやり取りが思いのほか長かったのだと気付いた。
 レジの客を捌いて、ドリンクの場所に行くと、さっきの新人がビールを注いでいた。しかし、動作が遅すぎる。ビールをジョッキに4杯入れるのだが、3杯目を注ぐ時には、最初に入れたビールはもう泡がなくなりかけている。
「もういいよ。代われ。」
 俺は声をかけた。
「これ俺がやるから、お前、今できた焼き鳥持ってけ。」
 そう言って顎で指示して、彼をキッチンに誘導した。
 使えない。人手不足なのは分かるけど、だからって誰でも入れていいってもんじゃないだろう。店長に対する行き場のない不満が漏れそうになったが、5番卓の呼び出しベルが鳴ったことでそうなることはなかった。
 店内には、昭和から平成初期にかけての懐メロがかかっている。これも店長の趣味だ。俺も曲は知っているが、曲名やミュージシャンの名前を聞かれると記憶が曖昧なものがほとんどだ。

 涙の数だけ強くなれるよ
 アスファルトに咲く花のように

 テレビの懐かしの何たら企画で飽きるほど聴いた歌詞とメロディーが流れてくる。俺の大嫌いな曲でもある。
 涙の数だけ強くなったように見えるケースの大半は、元から強いやつがただ泣いているだけだ。泣いて強くなれるなら、誰も苦労しないし、仮に強さがたったそれだけで手に入るようなものなら、俺はそんなもの欲しくない。泣かないやつは強いやつじゃなくて、涙さえ枯れた弱者なんだ。

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