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【ショートショート】丸齧りできる虹

 ねえ、皆知ってる?「虹」って食べられるんだよ。とっても美味しいんだよ。そう、雨上がりに空に浮かぶ虹。虹が見えたらよく見つめて。見つめて、見つめて、見つめて。集中して、食べたい!って強く頭の中で念じて。そして口を大きく開けて、目の前に食べ物があるかのように空気に齧り付いて。そしたら、いつのまにか口の中に堅い感触感じない?感じたらそのまま噛んで。そう、虹は堅いんだ。ぽりぽり、ぼりぼり。噛みごたえあるよね。ちっちゃい時に食べた千歳飴みたいだなあ、って僕は思った。色んな味、香りがする。イチゴのような味、酸っぱいキウイやパイナップル、ラムネみたいな感じもする。見たことないけどカラフルで色んな味の千歳飴を一気に食べてるような。噛み砕く前にどんな見た目か見ればいいじゃないかって?美味しいから夢中で食べちゃって、見るのつい忘れちゃうもん。口の中に入れたものを出して見るのもなんだか嫌だしね。
 あとすっごく水分が多い気がする。ジューシーって言うの?中にジュースでも入ってるのかな?本当に水飲んでるみたいに、カラカラだった喉も一瞬で大丈夫になる。食べたら元気になる気がするよ。虹って雨上がりにできるから雨を含んでるとか?
 食べ終わって口の中から感触がなくなったら、また目の前の空気に齧り付いて。そしたら同じようにお代わりできるよ。美味しいからばくばくいけるね。ばくっ!ばくっ!ばりばり!もりもり。
 ふー、そろそろお腹いっぱい。美味しいけど流石に食べ過ぎた。あ、地平線の端から端まで半楕円状にかかっていた虹が……半分になってる!!うわあ食べすぎたなあ。しかも途切れた部分がなんか歯形ついたみたいに途切れてて…汚い。…うーん。もっと綺麗に食べなきゃ。



「あれ?このインスタに載ってる写真、夏菜子の住んでるとこに近いんじゃ無い?」

「そうそう。それうちの市だよ。今すごいんだよね。『不思議な虹がかかる街』でまちおこししようとしてるの。虹の画像や動画をどんどん公開してて。大人って調子良いよねえ。何も特色も売りも無い市だったのに変な虹が出るってSNSで話題になったら乗っかっちゃってさあ」

「何もないより良いじゃん。それに、これインスタに載せたら幸せになれるって噂の『ドット柄の虹』だよ。面白いね、綺麗だよね。どうなってるんだろうねえ。」

「あー、それね…ドットって言うけど…私はアニメで出てくる穴あきチーズみたいで…ネズミが食い散らかしてるイメージの。アレみたいで苦手。あり得ないけどドットの部分が何かに齧られた跡に見えない?」

「うーん…そうかなあ?七色の帯に白いドット入ったみたいで綺麗に見えるけど…あ、そういえばこの前TikTokで見た虹の動画も夏菜子の地元のだよ。ほら、これ!」

「これも見たことある。って言うか最近生で見た。そうそう、虹が片側の端っこから一定のリズム、ペースで消えていくんだよね。すーーーっと自然に消えてくんじゃなくてなんかブツッ、ブツッって誰かがもぎ取って消えていってるようで…不気味だよねこれも。んで、半分まで消えたらピタッと止まるし」

「言われてみれば…自然現象なのに不自然かも。それにしても自分の地元の売りなのに…あんまり好きじゃない?」

「うん。私はこの虹正直苦手。何か不自然で気持ち悪い…でも、翔太はこの虹結構好きらしいの。窓からよく見てる。すごく嬉しそうに」

「あ、弟君ね。まだ10歳くらいだったけ?結構夏菜子と歳離れてるよね」

「12歳差!ギリギリ親子に見られなくもない…翔太は体弱くて入院しがちだから嬉しそうにしてるとこっちは安心するよ。まあ、確かに変な虹出るようになってから体調安定してるんだけど…」

「良かったじゃん!やっぱり『幸運の虹』なんだよ!」

「ふふ、ありがと。ちょうどこれから翔太の病院の付き添いに行ってくるの。じゃあ、また明日サークルでね。」

 私は同じサークルの友達の芽衣に別れを告げ、自宅へ急ぐ。大学生の私は比較的時間に融通が効く。父さんや母さんも仕事があるから一番時間に余裕がある私が翔太の面倒を見るのは自然な流れだった。 家に着いた。翔太に呼びかける。部屋を覗いてみる。また、窓から飽きもせず虹を見ているようだった。

「そろそろ病院に行くから準備してー」  

 声をかけると翔太が部屋から出てきた。何だか口をむぐむぐさせてる。おやつでも食べてたのかな?

「翔太、病院で待ってる間飲めるように、あんたの好きなジュース持って行こうか?」

 話しかけると翔太は

「ううん。要らない。今いっぱいジュース飲んだばっかりだから」

 そう、と言って私は買い置きしていたペットボトルのジュースを冷蔵庫に戻した。

(了)

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