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人生の「支え」について考える。

今日は家族のことについて。


今後も文章中に多く登場することになるであろう、

夫と、母のことについて

ざっくり書きます。




まずは、

我が夫について。


彼とは同い年で、

私が教員になって1年目に出会った。

その時、彼は大学院1年目の学生。

のちに技術職の会社員になります。

これまで会った人にはいなかったタイプで

一緒にいることが自信や安心になるような

精神面ですごく安定している

頼りになる男。


以下、
のろけ話のように聞こえるかもしれない。

けれど、

それは、人と比べて優っているとか

自慢したい夫、

というのとは少し違う。

私が自分のことを書く上で

語る上で

避けて通れない存在なので

やっぱり書きたいなと思っています。

そのことを理解して読んでいただけたら幸い。





私は彼に対して

家族でありながらも

出会って13年間

尊敬や憧れの感情を

持ち続けている。

30代も後半にさしかかった

中肉中背のフツーのおじさんであることには間違いない。

のだけれど。



たまに、

彼のどんなところが私は好きなのだろうと考える。

いろいろあるんだけれど、

一番は、

私の「大切なもの」を絶対に否定しない


ということにまとめられるんじゃないかって

最近思う。


その

「大切なもの」とは。


私の家族(親、きょうだい、甥姪など)

友人

仕事

考え方

決定

願望

私のアイデンティティ全て。



子育てで悩んだときも

仕事で苦しんだときも

どんなときも

彼は味方でいてくれた。

応援し続けてくれた。


私が失敗したときも 

自分を責めたときも


その思いは否定せずに

一緒に落ちることもない


そう、

大事なのは

一緒には絶対に落ちない。


私の負のオーラに引っ張られることはない。

これはすごく

自分の中では有難かったこと。



ここでもう一人の登場人物。

私の実母。


母は、

夫とは全く異なるタイプの

最大の理解者でありサポーター。


私のどんな負の感情も

共感して一緒に悩んでくれる

一緒に落ちていきそうなときもある。


けれど、

降下しながら

たくさん吐き出していく中で

不思議と

あるところで「浮上」する。



スカイダイビングに例えると

母は、一緒に体を固定されているバディ

夫は、パラシュートそのもの。


一緒に落ちるけど

絶対一緒にいてくれる母。

一緒に怖さや不安に寄り添ってくれる母。



そして、絶対に私を救ってくれる夫。

絶対に落ちないように、

自分が浮力になってくれる夫。



私が自分の人生を生きていく上で

この二人の存在は大きい。


逆に言えば、

どちらか、また両方を失ったときに

私は自分を保てるのかと思う。

想像するだけでこわい。


でも、そんなことも言ってられない。

私には、自分が守るべき存在がいる。

ふたりも。


娘たちは、

私を「支え」に生きている。



今後、母も高齢になり

これまでのように

「同じ飛行機」には乗ってくれないかもしれない。

今後は、私自身が

母の支えにならなきゃいけないし

なりたいと強く思う。



37歳目前の大人が言うのも変な話だけれど

自分の力で生きてく必要性を

最近すごく感じている。


大人になったなー!私!

って

面白くもある。


自分には、きっとできるはず。

誰かを支える人になれるはず。

そう信じ続けたいし

唱え続けたい。



そのために、

今ある人間関係を大切にしていきたい。

私を支えているのは家族だけじゃないから。




いつもありがとう。

読んでくれてありがとう。






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