見出し画像

002 アメフラシの荷造り

青春18きっぷとは、春、夏、冬の長期休暇のあいだJRが発行しているきっぷである。

11,850円で5日間、JR区間内の日本中の普通列車が乗り放題になる。宮島フェリーなど、JRが運営する細々した乗り物にも乗ることができる。1日あたり2,370円。博多から小倉まで往復すればもう元は取れるぐらいの値段だ。

各駅の窓口で入手可能。まれに金券ショップで数日分だけ購入できる場合もある。期間内に使い切りそうにない人が日数の余ったきっぷを売り出しているのだ。

切符の名前はいかにも18歳しか使えない印象を受けるが、まだ青春のせの字もしらない赤子から、死期の迫った老人まで使用可能である。青春の定義など、そもそも誰も知らないのだから当たり前である。つまり生まれて死ぬまで、18歳。青春というわけだ。
「青春18きっぷ」最高にロックなネーミングセンスだと思う。

時間はくさるほどあるけど、金はない。
貧乏大学生にはもってこいのきっぷである。

そうと決まれば、荷造りをしなければならなかった。

バックパックのほうが便利がいいかと思ったけれど、なんだか山男っぽくて汗くさい感じがするし、どれもデザインが可愛くないのでキャリーケースにした。(バックパッカーに刺されない事を祈る。今夜から夜道に気をつける)この期に及んで可愛さを重視するという、なんともひとり旅を舐めきった態度だった。

服は適当にコインランドリーを見つけて洗濯すればいいと思い、ほとんど着の身着のままだった。元々、修学旅行や自然教室でも「ねえ、鞄、小指で持てるよ、逆になに持ってきたの」と言われるぐらい荷物は少ないタチだった。

ともなると、もはや何を荷造りすればいいのか分からず、気付いた時にはキャリーケースの4分の1のスペースに「うまかっちゃん」を詰めていた。これから出逢うまだ見ぬ人たちへの手土産に。そして博多を代表する旅人としてうまかっちゃんの美味しさを広めるのもまた、神様が私に下した使命だと思ったのだ。今やうまかっちゃんは全国のスーパーで売っているとも知らず。
十九歳で、夏で、世間知らずだった。

江國香織の本にこんな一節がある。

「旅が好きな理由の一つに、旅行鞄がある。旅行鞄は、物事をわかりやすくしてくれる。私が生活するのに何が必要か、残酷なまでにはっきりわかる」

つまり私が生活するのに必要なものは4分の1がうまかっちゃんであるということが、残酷なまでにはっきりとわかった。福岡県民であることを、今ここに誇りに思う。

それともうひとつ、旅には欠かせないアイテムがある。てるてる坊主だ。

アメフラシ。数ある私のあだ名のひとつだ。運動会、入学式、卒業式、各イベントの日に限って、高確率で雨が降る。ちなみに社会福祉士の国家試験の受験日は10年に1度の大雪で電車が止まりかけた。なにがあっても走り続けるのを止めないことで有名な西鉄バスが運行を見合わせた程だった。

これだけの悪天候に見舞われる私にとって、てるてる坊主はもはやブッタやキリスト同様に崇拝すべき存在だった。

キャリーケースにうまかっちゃんを詰めて、てるてる坊主をくくりつけて、
私のひとり旅が今、はじまろうとしていた。

#ひとり旅 #旅行 #エッセイ #青春18きっぷ #ノンフィクション #電車 #小説