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【古文】「筒井筒」のルサンチマン_まとめ⑤_伊勢物語23段

1.「筒井筒」の女が化粧をする理由とは

さて繰り返し触れてきた、伊勢物語「筒井筒」の元の女(妻)。
新しい妻の元へ行く夫を気持ちよく送り出す姿を見て、夫は浮気を疑います。あにはからんや、元の女は夫を送り出すと、美しく化粧をし、物思いにふけって誰かを待つような素振りで外を眺めています。
「やはり、浮気か!?」
と夫が思ったその時。元の女は送り出した夫の道行を案じ、無事にたどり着くことを祈る歌を詠むのです。

この女はなぜ化粧をするのでしょうか。

私はそこに「ルサンチマン」を感じるのです。

「弱者の強者への価値を転倒させた復讐・憎悪」とまとめられましょうか。

2.化粧をする女の心を読んでみる。

この元の女は育ちよく、はっきりと書いてありませんが、美しい女性です。教養ある都人が、お金はあるかもしれないが鄙びた、品のない、気の利いた歌も詠めないような田舎女に夫を取られて、心中穏やかなはずがありません。

心の内へ内へと向かう、煮えたぎる嫉妬や屈辱を、一度鏡を見ることで、自分を他者として見る。他人の目で自分を見つめなおしてみる。
脳内では社会的観点や不特定多数の視線をシミュレートし、自分の社会的存在価値をはかり、何も新しい女に劣っていないことを確認するでしょう。

さらに、化粧には「不確実性に満ち満ちた他者とのコミュニケーションに、意欲を持たせ、積極的に参加を促す」働きがあります。
化粧は異相であり、戦闘や儀式に向かう者を守るために施す部族・文化の枚挙にいとまありません。化粧は化粧を施した人間の社会的知性を磨き、対人関係に前向きになり、積極的な行動を促します。

元の女は化粧を施しながら、自分の美しさ、存在価値、教養ある者の持つふるまいを確認し、怒りでバラバラになりそうな自分を再構築します。

平安時代の夜はこんなに明るくなかったかもしれません。

そして、「金の切れ目が縁の切れ目」と言わんばかりに、新しい女の元へ通う夫に対して復讐します。
「新しい女の元へ通う、不義理な夫の行く手が無事であるように、美しく、貞淑な私はお祈りしています。」

ルサンチマンは「道徳的復讐」とも理解されます。
「不幸であるが、貞淑で、不義理な夫も恨まない自分は善である」
という論理を、女は化粧と鏡を通して強化しているのではないか。

私は、そういう恐ろしさを伊勢物語の女に感じるのです。

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