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【小説】とあるおウマさんの物語(22話目:タマクロス 本気出す)
前回までのあらすじ
理念は「2着こそ至上」。能力はあるけど、上は目指さず気ままに日々を暮らしていた1頭の芦毛の競走馬:タマクロス。
なんだかんだでGⅠ出場となり、ついに天皇賞・秋のゲートが開く。ここでタマクロスはグラスから注意されていたのにも関わらず先頭に立ってしまい、危険人(馬)物に追いかけられるハメになり・・・
本文
今まで経験したことのない大観衆の中、俺と俺を追いかけるもう1頭はそのまま最後の直線へと向かっていく。すると流石にハイペースが祟ったのか、バクダンムーンは次第にずるずると後ろに下がっていった。
俺を睨め付け、何か呪いの言葉を発しながら・・・。
(よかった。●されるかと思った・・・。ぐすん。頼むから、もう二度と俺の前には現れんでくれ。)
自分が生きている事に感謝しながら、先頭のまま最後の直線へと駆けていく。
「さぁ最後の直線だ。4番タマクロスは5馬身のリードを保ったまま。後続勢追いつけるのか?」
命に関わる圧力が無くなったせいか、俺も一息付くことが出来た。落ち着いたところで、まがりなりにも後続にそこそこ差をつけた状態で先頭でいる事に気付く。
(あれ? もしかしていける?)
そう思ったのも束の間、後続勢がもの凄い速度で追い上げてきた。その中で特に1頭、脚色が他とはまるで違うのがいた。スペシャルデイである。
あっという間に俺の横に並び、そのまま追い抜いていこうとする。その時俺の頭の中には、過去にスペシャルデイと走った状況がフラッシュバックする。あの時と同じ『まあしょうがないか』という思いが体中を駆け巡った。
(もしかしてとは思ったけど、現実はこんなもんよ)
諦めかけ、ちらっと横を見ると、スペシャルデイがこちらを見ている事が今度ははっきりとわかった。そしてその目は、俺かそれとも俺の心の中なのか、とにかく何かを笑っているように見えた。
(何で・・・、なんで笑うんだよ。)
そう思った瞬間、ジンロ姐さんのあの言葉が浮かんできた。
『精一杯、生きてる?』
俺は必死になって言い訳する。
(生きてますよ、けどダメなのものはダメなんですよ。ほら、脚だってスタミナだってもう限界で・・・)
言い訳をすればする程、別の想いが体の底の方から湧き上がって来る。
(・・・限界? ホントか? そうなのか?)
(そう考えれば楽だから、そう思ってるだけじゃないのか?)
(・・・やろうとさえしてないじゃないか。2着がいいとか、今のままでいいとか、自分をごまかしたりするのは、もう・・・)
(イヤだ!)
初めて心の底から思った。
(このまま、いつものように簡単に諦めたら、一生後悔する。きっと自分が許せなくなる。)
(やるだけ、やってやる!)
心の奥底から火の点いたような想いが湧き上がって来る。そして同時に『少しでも速く』、『一歩でも前へ』という叫びに似た声が頭の中を駆け巡った。
いつしかその想いが全身、全細胞に伝わっていく。すると、自然に体がぐぐっ、ぐぐっと沈んでいき、重心が低い走り方へと変わっていくのを感じた。
「9番スペシャルデイが4番タマクロスを躱して先頭に・・・いや、躱していない! 並んだ、並んだ! なんとタマクロスが差し返してきた!」
俺とスペシャルデイは2頭横並びとなって、先頭を争うように駆けていく。
『わぁーーーーーーーーー!』
この展開に観客のボルテージが一気に上がっていく。
『残せー、タマクロス!』
『スペシャルデイ、かわせー! させー!』
手を叩きながら、丸めた新聞を叩きつけながら、あるいは飛び跳ねながら叫んでいる。鞍上の小坊主は半狂乱の状態になり、訳のわからない叫び声をあげながら、ただひたすらに鞭を打っていた。
―鈴木厩舎―
時を同じくして、鈴木厩舎の人馬も狂乱の様相を呈していた。ポンコツ厩舎所属のタマクロスが、大した血統でもないタマクロスが、2着でいいとタラタラ生きてきたあのタマクロスが、現役最強馬と勝利を争っているのだから。
『これは凄いレースになった! マッチレースになった! タマクロスか!? スペシャルデイか!? タマクロスか!?』
テレビから興奮したアナウンサーの声が流れる。それに応えるように鈴木厩舎の面々も叫んでいた。
「いけーーー! 気張るっスよ! センパーイ!。」
「そうよ、その走りよ! 頑張って、タマ! やり切って!」
グラスワインダーとジンロ姐さんが画面に向かって叫ぶ。
「うおお~~! 死んでも走れや、タマやん~~~!!」
「もう少し、もう少しでござる! タマジロウ殿!!」
「いげや、ダマ、ごのやろう~~~!!」
楽器をガゴガゴと打ち鳴らしながら、メシアマゾン、メグロマック、オルフェーブーも力の限り叫んでいた。
―レース会場―
大歓声の中、俺はただ必死に走っていた。速く走ることだけに集中していた。
(前へ、とにかく前へ、少しでも早く!!)
ふと見ると、スペシャルデイも先程までの余裕は消え、必死に走っているのがわかった。
(まだだ、まだまだ!)
それを見て俺は更にスピードを上げていく。するとスペシャルデイも負けじと追いすがってくる。そんな状態がどれぐらい続いたのだろうか。
次第に周囲の音が聞こえなくなり、視界も狭まっていき、そのうち自分の心臓の音だけが聞こえる状態になっていく。自分の動きがゆっくりと動いているように見え、時間の感覚が無くなっていく。
それでも、俺はただ前に進む事だけを考えていた。
やがて2頭がほぼ同時にゴール板を駆け抜ける。
『わぁーーーーーーーーーーー!!!』
その瞬間、ひときわ高い歓声が会場全体に響き渡った。
それと同時に、俺の視界は徐々に白く染まっていき、やがて完全な白に包まれていった。
つづく
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