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【小説】とあるおウマさんの物語(14話目:初めての取材)

あらすじ

理念は「2着こそ至上」。能力はあるけど、上は目指さず気ままに日々を暮らしていた1頭の芦毛の競走馬:タマクロス。

3連勝後の放牧先で、素敵な彼女と出会うタマクロス。その後偶然にも彼女と一緒のレースになり、これからもレースで会えればと2着を狙うのだが、ゴールまでの距離を勘違いし勝ってしまう。その結果、彼女とも別れる羽目になり、タマクロスは夢の世界へと逃げ込んでいく


本文

 悲しみの4連勝から2週間が過ぎると、俺もやっと調子を取り戻すというか、失恋の傷が癒え始めていた。

次のレースも2週間後のなんちゃら大昇天? 大笑点だったかな? ともかくGⅡグレードの重賞競走に決まり、それに向けて調練に勤しんでいる。
もっとも気合が入っているのは騎手や調教師など人間側で、当の本人はいつものように流しているだけだった。
 
今日も適当に調教を終えて厩舎に戻ると、自分の馬房の前に人だかりが出来ていた。何だろうと思っていると、グラスワインダーが大慌てで自分のところに駆け寄ってきた。
 
「た、た、たいへんっスよ! せんぱ~い。ま、マスコミがウチに取材に来たっスよ!」

「へ、マスコミ?なんで?」

このポンコツ厩舎に取材に値するネタがあっただろうか?
やがて俺は、ある事に思い至る。
 
「・・・! まさか、スズキのおっさんが捕まったとか!?」

「そうそう、その通りっス。裸踊りがご近所にばれて、わいせつ物陳列罪で・・・って違うっス! センパイを、取材に来たっスよ~~~。」
 
そんなばかなと思いつつ馬房に向かっていくと、鈴木調教師が『お、来た来た!』と寄ってくる。手綱を引っ張っていた鈴木厩務員その一さんと並んで、俺を挟むように立ち、幾ばくか緊張した面持ちをしている。

(おや?)

よく見ると調教師のおっさんはスーツを着ていた。
初めて見るおっさんのスーツ姿に驚いたが、その出で立ちにはもっと驚いた。

なんと、スーツの上着をズボンに入れた、いわゆる『え●りイン』と人間界では呼ばれている格好になっている。そのうえ、ネクタイの締め方があまり上手ではないようで、だんご状になっているではないか。
 
極めつけは、そのネクタイの柄が紫の生地に金色の登り竜・・・。はっきり言って、『おぞましい』の一言だった(汗)。
一方、隣の鈴木厩務員その一さんは、いつもの作業着を着て調教師の方をなるべく見ないように立っていた。

(うんうん、わかるわ、その気持ち。)
 
芦毛と、異様な姿のおっさんと、平凡そのものの青年・・・。
その珍妙なトリオにも一切動じず、マイクを持ったお姉さんが平然と取材を開始する。

流石、プロである。
 
『皆さんこんにちは~。今日は近頃色々と話題の、あの芦毛がいる鈴木厩舎に来ております~~。』

お姉さんはカメラと自分たちを交互に見ながら、明るい声で話していく。
 
『話題の芦毛といえばわかりますよね? そうです! なんと破竹の4連勝! 重賞初挑戦のタマクロスに会いにきました~。』

はきはきと来た理由を話すお姉さん。ここで俺も取材対象が自分なんだと気づき、思わず表情をキリっと引き締める。
 
『かっこいいですね~。では、ズバリお聞きしますが、ここ最近の怒涛の4連勝、何か秘訣でもあるんですか~?』

そう言って、俺にマイクを向けるお姉さん。
 
(いや、あの・・・、俺、人間の言葉しゃべれねぇし・・・。)
 
『あはは~、やっぱ答えられないですよね~。そうですね~~、では関係者に聞いてみましょう。周りから見て何か変わった事とかあったんですか~?』

どうやら最初に馬に振るのは、このお姉さんのネタらしい。持ちネタをビシッと決めたあと、お姉さんは俺の両隣のどちらにマイクを向けるか一瞬迷ったようだが、当然というか鈴木厩務員その一さんの方にマイクを向ける。
 
すると、えな●インのおっさんが割り込んできて、それはそれは饒舌に語ったのでした。
 
曰く、俺の事は一目見たときから、こいつはG1を勝てる器だと見抜いていたとか。でも、デビュー当時は虚弱体質なためにあまり負荷を掛けられず、鈴木厩舎に伝わる『秘伝の餌』を食べさせることで克服させたとか。

体質改善されてからは、『G1馬養成ギブス』というご先祖様が開発した特殊スーツを装着させ、特訓に励んだだの、聞いている俺もビックリな事がおっさんの口から次々と出てくる。
 
(絶対うそでしょ? だって俺、風邪一つひいたことないし、G1馬養成ギブスなんて見た事もないし。それに仮にあったとしても、うちの厩舎からG1馬どころか重賞勝ちだって出た事ないんだから、そもそも役に立ってないでしょ、それ。)

と心の中でツッコミを入れまくる。隣を見ると、鈴木その一さんも驚きの表情をしており、ここからも調教師のおっさんの言っている事が、でまかせであることが伺い知れる。
 
初めはうんうんと相槌を打っていたお姉さんも、あまりにも荒唐無稽、かつ止まらない演説にあせりを覚えてきたようで、

『そうですか、では次のレースも頑張ってくださいね~。』

と、予定よりも早い時間でそそくさと打ち切り、早々と引き上げていった。
呆然と見送る俺の視界の隅には、笑い転げているグラスたちと、やれやれと頭を振っているジンロ姐さんの姿が映っていた。

ちなみに、後日この内容がオン・エアされたのだが、かなりの反響があり、巷では神回だと騒がれたらしい。むろん話題の主役は俺ではなく、調教師のおっさんであった事は言うまでもない。
 
 ―レース前日―
 そんなこんながあって、レース前日。俺はレース会場に前入りをして明日に備えていた。今回は、ジンロ姐さんとメグロマックが一緒だ。
 
「どう? タマクロス、調子は? 明日も勝って破竹の5連勝かしら?」

「やめてくださいよ~~、姐さん。まぐれでここまで来ただけなのに・・・。運もここまで、まぁ明日は適当に走りますよ。」

俺がそう言うと、ジンロ姐さんはがっかりというか呆れた顔をする。
 
「ま~だ、そんな事言ってるの? あのね、4連勝なんてまぐれで出来るものじゃないの。全部、タマクロス、あなたの実力よ。」

「そうでござるよ、タマジロウ殿。もっと、自信を持って良いと思うのでござる。」

ジンロ姐さんがフロックでは無いと言い、マックがそれに同調する。ちなみにマック、俺はタマクロスだからね!
 
(ああ、また俺を持ち上げる話か・・・)

二人の言葉に半ばうんざりする俺。俺の想いとは別に、ジンロ姐さんは話を続ける。
 
「それにね、重賞なんて走りたくても走れない馬もいるんだから、マックの言うように、もうちょっと自分に自信を持ちなさいよ。ていうか、そろそろ本気出して走ったらどうなの? ここまで来たら、もう2着がいいなんてそういう状況じゃないでしょ。」
 
 どうやら、ジンロ姐さんには俺の理念『2着こそ至上』がすっかりバレているようだ。バラした奴は、目星がついている。大方、あのおしゃべりな砂野郎だろう。それよりも、ジンロ姐さんの言葉が気に掛かった。
 
(本気出して・・・か。)

正直、この本気出してという言葉がいまいちピンとこない。
精一杯走るという意味なのか、ぶっ倒れるまでという意味なのか。どちらにせよ、今まで適当に走ってきた俺としては、この『本気出して』というのがよくわからないのだ。そんな事をジンロ姐さんに話してみる。
 
「・・・ああ、もう! タマは頭でごちゃごちゃ考えすぎなのよ! いいから次のレースは、余計なことは考えずに集中して走りなさい!」
 
(・・・怒られた。シュン・・・)
 
一方、マックはまたいつものようにブツブツ言っていた。

「本気を出すというのは、全身の運動機能を最も良い効率で働かせる、という事でござる。問題は、どうやればよいのか、その方法がわからない事でござる。」
 
「あんたもよ! マック!」

ジンロ姐さんに怒られてもマックにめげた様子はなく、脚を上げたりして、効率の良い走り方を探っていた。

「・・・・・・」
 
 マックの事はさておき、どうせ自分なんかが重賞で通用する訳ないし、余計な事は考えずいつも通り走るか、と切り替える俺であった。

つづく

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