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【小説】とあるおウマさんの物語(19話目:月夜の集会)

前回までのあらすじ

理念は「2着こそ至上」。能力はあるけど、上は目指さず気ままに日々を暮らしていた1頭の芦毛の競走馬:タマクロス。

なんだかんだで初挑戦の重賞でも2着となり、ついにGⅠ出場となってしまう。そうしたら主戦ジョッキーの「GⅠ出場に必要な勝利数が足りない事件」が勃発。鈴木厩舎の人馬の頑張りにより、なんとか必要勝利数を確保する。


本文

―レース二日前―
本番まであと二日となった晩、厩舎裏手にある小高い土手に三頭の馬が集まっていた。メンツは、俺、グラスワインダー、ジンロ姐さんである。
 
「さて、それじゃあ『第一回天才タマクロスは天皇賞・秋をどう走るのか?』の作戦会議を行うっスよ~~。どんどんどんどん、ぱふぱふっス~~。」

グラスが突然そんな事を言い出す。
 
「なんだよ、その恥ずかしい題名と効果音は! 単に夜風に当たりにきただけだろ?」

そう、眠れない等ストレスを抱えた時は、『すり抜けの術』を使ってこうしてここに来るのだ。でも、今夜はグラスの声掛けで集まっていた。
 
「いいじゃないっスか、せんぱ~い。せっかく出走メンバーの情報も入手してきたんスから、もっとノリ良くいきましょっスよ~。」

「まあまあ、タマクロスも抑えて抑えて。一生に一度あるかどうかなんだから、少しは大目に見てあげなさいよ。」

ジンロ姐さんが間に入ってくれたので、俺もそれ以上は突っ込まないようにする。
 
「それで? どんな情報なんだよ?」

「はいっス~。いや~、さすがにGⅠでも格の高い天皇賞ともなると、やっぱり最高峰っスね~。すごいメンバーが揃いましたよ! 先パイ以外は全員重賞勝ちで、GⅠ馬は6頭もいるっス。けど、その中でも特に要注意の馬が二頭いるっス! スペシャルデイとバクダンムーンって言うっス。」
 
(おお・・・。名前だけ聞くと、我が厩舎向きの人(馬)材じゃないですか。)

でも、流石に最初の方は知っていた。あ、竹内まりやさんの名曲じゃないよ。

「スペシャルデイって確か、一昨年のダービー馬よね。」
 
「さすが姐さん、伊達に年は取ってないっスね! そう、クラシックレース全部に出走して、ダービー以外も2着と3着。それからもGⅠを勝って、GⅠ通算5勝の現役最強馬っス! センパイはどうあがいたって勝てる相手じゃないっスから、安心して2着が目指せるっス。」
 
あはは~、と笑いながら言うグラス。

(おい、グラス・・・俺だけじゃなく、姐さんにも喧嘩売るようなコメントは止めてくれ。また宴会で潰されたいのか?)

そう思った俺は、グラスワインダーの失言をごまかそうと過去の出来事を話す。
 
「まあね。そいつとは一度レースで走った事があるけど、正直化け物だったよ。」

実は俺は、デビューしたての頃にスペシャルデイと走った事があるのだ。
但し、直線であっという間に差し切られ、どんなに努力しても超えられない『才能』という壁を思い知らされたのだけど。その経験が、『2着こそ至上』の理念に行き着いた理由の一つでもあった。
 
「そうだったんスね。 じゃあ、三年越しのリベンジってやつっスか?」

「んな訳ないだろう! 向こうは俺の事なんか覚えている訳ないわ!」

グラスがマスコミが好きそうなネタに持って行こうとするので、全否定する。
 
「で? もう1頭の要注意馬って?」

ジンロ姐さんがもう一頭についての情報を促すが、声色が少しだけ変わっていた・・・。

(やっぱり怒ってた! お前が年なんて言うから。)

しかし、グラスは自分が失言したと気づいている風でもなく話を続ける。
 
「もう1頭のバクダンムーンはっスね、逃げ馬なんスけど、とにかくハナに立つ事に拘るらしくて、自分より前に走る馬が出ると、もう圧をバンバン掛けて勝ち負けを無視して追いまくるらしいっス。それだけじゃなく結構根に持つタイプらしくて、レースが終わった後でも寝藁で作った馬形をハナに立った相手に見立てて、夜ごと呪いの言葉を掛けるとか掛けないとか・・・。」
 
聞いていて、俺は変な汗が出て来た。

(なにそれ、ヤバい奴じゃん。絶対に友達にしたくないタイプだね。)
 
「もしグラスの言う通りだとすると、そのバクダンムーンとかいう奴の後方につけろって事か。」

「そうっス! センパイはスタートがいいからマジで気を付けるっス。後はセンパイの隠れスキル『上手くまとまる』に期待っス。」
 
(また変な名前を付けて・・・。 しかも何だよ、隠れスキルって!)

グラスワインダーの表現に呆れていると、隣に居たジンロ姐さんが笑っていた。

「そうね。タマは何だかんだ言って、掲示板は外さないもんね。『上手くまとまる』とは、馬だけに上手い事言うわね。」
 
「おや、洒落っスか~」とグラスが言い、二頭は笑い合う。
ひとしきり笑った後は調教の話とか、最近の餌の話とか、取り留めのない話題で盛り上がった。

暫くするとそういった話題も途切れ途切れになり、そのうちに話すことも無くなり、三頭並んで夜空に出ている月を黙って眺めていた。きれいな月が出ている夜だった。
 
そうして静寂の時間を過ごしていると、ジンロ姐さんがポツリとこんな事を聞いてきた。

「ねぇ。タマクロスは、今回は本気出すの?」

「え?」

「いつまで、自分をごまかして走るつもり?」
 
突然の質問に驚く俺。見ると、グラスもジンロ姐さんも俺の方を真剣な眼差しで見ていた。

「あの、前にも言ったと思うんですけど、本気っていうのがよくわからなくて・・・。自分では、一所懸命やってるつもりなんですけど。」

「・・・そっか。じゃぁ、言い方を変えるわ。精一杯、生きてる?」
 
(え? 精一杯生きる? ・・・どういう事?)

答えられず、黙ってしまう俺。

「変な事を言うかもしれないけど、少し聞いて。これはグラスにも聞いて欲しいの。」

一呼吸置いた後、ジンロ姐さんはゆっくりと語り始めた。
 
「私たちは、何の因果か競走馬として生まれてきた訳だけど、現役でいられる期間はせいぜい五年ぐらいで、とても短いわ。それに、元々走りたくて走ってる訳でもない・・・。でも、少なくとも私は、望んでない人生だけど、その中でも精一杯やってきたつもりよ。成績はついてこなかったけどね。」

月の光がジンロ姐さんの青鹿毛の姿を美しく照らしていた。
 
「だからって訳じゃないけど、タマクロスにもグラスにも精一杯生きてほしいのよ。悔いが無いように、本気で、力一杯に、命を燃やして欲しいのよ。着順なんて関係ない。後になって、ああ良かったな、って思えるくらいに。」
 
少しずつ、丁寧に、自分の思いを語る姐さん。聞いていると、2着がいいとか、上に行くのは嫌だとか、逃げの言葉ばかり吐いている自分が、何だか嫌に思えてきた。

着順じゃない。走るレースの格でもない。自分にその時与えられた道を精一杯生きる、それこそ命を燃やしてきた姐さんの言葉だから、心に沁みてくるのだろう。ふと横を見ると、普段はおちゃらけているグラスワインダーも目をウルウルさせていた。
 
「あまり重く受け止めずに、先輩からの励ましの言葉だと思って。じゃあね、あまり長居すると体調崩すわよ。」

そう言い残して馬房へと戻って行く姐さん。その姿が見えなくなるまで見送った後、俺とグラスはただ黙って夜空を見上げていた。月が煌々と輝くきれいな夜空だった。
 
それを眺めながら、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから、いつもより頑張ってみようと誓う俺であった。

つづく

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