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【小説】とあるおウマさんの物語(20話目:GⅠパドックと、馬場入りと)

前回までのあらすじ

理念は「2着こそ至上」。能力はあるけど、上は目指さず気ままに日々を暮らしていた1頭の芦毛の競走馬:タマクロス。
 
なんだかんだでGⅠ出場が決まり、調教に取材にと大忙し。ある夜、グラスとジンロ姐さんの三頭で集まっていると、「本気は出すの?」と問われ言葉に詰まってしまう。ジンロ姐さんの想いに触れたタマクロスは、頑張ろうとレースに臨むのだが・・・


本文

―レース当日―
G1レース当日は快晴で絶好の競馬日和となった。そんな中、俺はパドックをぐるぐると回っている。経験が無いというのもあるのだが、やはりGⅠは特別であるということを肌でビシビシと感じていた。

まずはゼッケン! GⅠ専用である紫地の布に白抜きの字は、やはり格調の高さを感じ誇らしげになる。見慣れた自分の名前でも何だか別世界のもののように見える。
 
次いでは観客の多さ! 前回の重賞も多かったけど今回はそれ以上。2階3階にも人がびっしりで、建物が崩れるんじゃないかと心配になるほどだ。そんないつもとあまりにも違う雰囲気に飲まれたようで、俺の手綱を取っている鈴木厩務員その一さんの動きがメチャクチャ硬い。

作業着ではなく普段着慣れないスーツを着ているせいもあるのか、動きが壊れかけのロボットのようなぎこちなさだ。

(あの~~、足と手が同時に出てますよ・・・(汗))
 
そして横を見ると、パドックの中で異様な姿のおっさん二人が佇んでいた。調教師とオーナーのダブル鈴木のおっさんだ。
二人して取材の時と同じ服装をしており、そして何故か手を繋いで、ぼ~っと呆けた表情で突っ立っている・・・。
 
(何してんの? あの二人? (汗))

警備員さんに連れ出してもらいたいぐらいである。おーい、不審者がいますよー。
 
一方の俺は落ち着いていた。理由はよくわからないが、きっと人間たちがこんな様子なので、せめて俺がしっかりせねばと感じているからかもしれない。

さて、一緒に走るバケモノたちを見回してみる。多くが威風堂々としており、さすがトップクラスと言うしかないが、その中で二頭が特に際立っていた。そう、グラスワインダーが忠告していた2頭だ。
 
1頭目のスペシャルデイ。一見カツッ、カツッと静かに歩いているように見えるが、覇気というかオーラが漂っていて『王者の風格』と呼ぶにふさわしい存在感だ。きっと俺の事なんて覚えていないんだろうな? と思って見ていると、一瞬スペシャルデイがチラッと目を合わせてきた、ように見えた。

(え・・・、今俺の事見た?)
 
一度目をそらし、その後に再び見るとスペシャルデイの眼は既に別方向を向いていた。

(気のせいかな?)

そう思うようにし、改めて彼を観察してみる俺。するとスペシャルデイだけではなく、手綱を取っている人間もこちらとは違っていた。
 
高級そうなスーツをピシッと着こなし、このレースも頂きますぜ、みたいなドヤ顔をして歩いている。かたや、こちらは壊れかけロボの動き・・・。

(こりゃ、完敗だ。)

人間側の勝負はスペシャルデイの圧勝であった。
 
もう1頭のバクダンムーンを見ると、こいつの場合は別の意味で凄かった。
目は血走り、息も荒く、発汗もすごい。そして、前の方を睨め付けるような感じでチャカチャカと歩いている。

(・・・これ、絶対ク●リ打ってるよね?)
 
確かにこんな奴に絡まれたりしたら、胃に穴が10個くらいは空きそうだ。ゼッケンは3番と、4番である俺の前を歩く筈なのだが、こいつだけ輪から外れてポツンと歩いており、気のせいか周りの馬もどことなく避けているように見える。
 
グラスに言われるまでもなく、絶対にハナには立たないようにしようと再認識する俺。ちなみに、馬がそんな状態でも先導してる人は、いえいえこれ普通ですから、的な涼しい顔で歩いていた。

(う~む。こりゃ、こっちにも負けだな。)

人間側の勝負は、ここでも鈴木厩舎の完敗であった。
 
―鈴木厩舎―
一方こちらは鈴木厩舎。お留守番の面々が、広場にセットアップされたテレビの前に集まっていた。もちろん人間たちだけでなく馬たちも集まっている。今週のレース出走馬はタマクロスだけなので、他の5頭全馬である。

目的は当然タマクロスのGⅠ初挑戦を応援するためだ。この日の為に、有機ELの大画面テレビが新たに購入されたのだが、慣れないのか鈴木厩務員その二さんが操作に苦労していた。
 
「いや~~、鈴木厩舎にしては思い切った買い物したッスね。まさか、最新の大画面テレビとは。以前はブラウン管でしたっスからねえ。昭和から一気に令和になった感じっスね。」

「タマが勝ちまくって、賞金がたんまり入ったからね。その分、私たちも応援頑張らないとね。ところで・・・あんたたち、それは一体なに?」
 
ジンロ姐さんが指摘したのは、オルフェーブー、メグロマック、メシアマゾンが、それぞれ咥えている桶のような物体の事である。
 
「これは、ブーやんが作った馬用楽器やねん。これで、タマやんに気合を注入するんや! なんとしても駄馬連合の星・タマやんにGⅠ獲ってもらうんや!」

「そうでござる! 我ら、タマジロウ応援隊、ここに参上でござる!」

「こんな機会は・・・最初で最後かもしれない。」
 
「「・・・・・・」」

思わず思考が停止するジンロ姐さんとグラスワインダー。オルフェーブーが自称・楽器を置き、前脚で板のようなものを踏むと、ガゴンッと大きな音がした。打楽器のつもりなのだろう。
 
「そ、そう・・・。あまり、ご近所迷惑にならないようにね。それとマック、タマジロウじゃなくタマクロスだからね。」

ジンロ姐さんはそう返すのがやっとだった。

「あ、皆見るっス。馬場入りが始まったっスよ。」

グラスワインダーの一声で、皆テレビの方を向く。
 
テレビからはテンポの良い音楽が流れ出し、それと共に各馬が戦歴や一言コメントとともに紹介され、ターフを駆けていく場面が映し出されていた。
次々と紹介される中、スペシャルデイの番になるとひと際大きな歓声が湧き上がる。だが、そんな大歓声など当然と言うようにスペシャルデイは悠々とターフを駆けていく。
 
また、バクダンムーンはレース場に入ると、騎手を乗せたままクルクルと回り出す。すると会場がまた一段と盛り上がり、その中を返し馬に入っていった。そんな中、鈴木厩舎のエース、タマクロスが待てども待てども出てこなかった。
 
「遅いっスね、センパイは・・・あ、出てきたっス!」

ここで、「うおお~」とばかりに、マック、ブー、メシちゃんが楽器を鳴らし出す。盛り上げているつもりなのだろうが、ちょっとやかましい。
 
「・・・って、あれ? 鈴木君が居ないっスよ!?」

グラスの指摘に、皆が画面を食い入るように見る。
 
 画面の中ではタマクロスが最後に出てきたのだが、何故か騎手を乗せていない。鈴木厩舎の厩務員さん達や馬たちも不思議がっていると、テレビからこんな声が流れてきた。

『おや? タマクロス、騎手を乗せていませんね・・・ あぁっと、出てきた出てきた。どうやら鈴木騎手、トイレに行っていたようですね。今追いついたところでしょうか。』
 
『初めてのGⅠですからね。緊張していたんでしょう。さぁ、ここでやっと騎乗して返し馬に・・・おおっと!』

 会場がどよめき、笑い声が巻き起こる。その一部始終をテレビで見ていた鈴木厩舎の面々は爆笑もしくは呆れていた。
 
「な~にやってんのよ、あのコンビは・・・。」

「あ~はははは、超ウケるっス。コントっスよ、コント~~~。」

ジンロ姐さんが呆れ、グラスワインダーが大笑いする中、タマクロス応援隊の三頭は何故か楽器を打ち鳴らしていた。
 
「掴みはバッチリやで、タマやん~~!」
「目立ってますぞ! タマジロウ殿!」
「・・・・・・」
 
―レース会場―
(小坊主、大丈夫か、お前・・・)

俺、タマクロスは困っていた。嫌々とは言え、晴れのGⅠの舞台。せっかくだから、颯爽と登場したかったさ。

『5歳春から本格化。本家を超えるか? 灰色の稲妻・タマクロス!』
なんて紹介コメント付きでさ。
 
でも、騎手が時間になっても現れない。しょうがないので馬だけで先行。やっと来たと思ったら、俺に跨った途端に鞭を落としちゃって・・・。
緊張してるみたいだし、しょうがないかって思って鞭を口で咥えて拾ってあげたのよ。

そしたら、『ありがとう』って言って受け取ったと思ったら、今度は目のあたりを触って『あれ? ゴーグルは?』とか言い出して、馬から降りて探し始めるし・・・。
 
(お前の頭に付けているのはなんだ? じじいか、お前は?)

で、こうして四つん這いになって、ゴーグルを探し回ってる小坊主を見つめてる訳で・・・ (汗)
 
暫くすると、場外から『何してんだー、頭についてるだろー』と鈴木調教師の声で、やっと頭に付いてることに気が付いた鈴木小坊主君。『よかったぁ』と素敵な笑顔を俺に向けてくる。

(ハイハイ、良かったね。わかったから返し馬に入ってくんない?)

思わず俺は心の中で毒づいてしまう。
 
緊張し過ぎると、人間とはこんな行動を取ってしまうのだろうか? いや、きっとこいつが特殊なのだろう。そう思う事にして俺は鈴木小坊主を乗せ、返し馬に入っていった。
 
当たり前というか、この一連の出来事は会場の皆さんに見られていたようで、俺と小坊主は登場馬の中で一番の歓声と爆笑の中を走っていくことになったのだった。

(・・・どうして、こうなるんだろう?)

つづく

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