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【長編小説】二人、江戸を翔ける! 3話目:あの人のことが知りたくて①

■あらすじ
ある朝出会ったのをきっかけに、少女・りんを助けることになった隻眼の浪人・藤兵衛とうべえ。そして、どういう流れか凛は藤兵衛の助手かつ上役になってしまう。これは、東京がまだ江戸と呼ばれた時代の、奇想天外な物語です。

■この話の主要人物
藤兵衛とうべえ:主人公。隻眼の浪人で、傘張り仕事を生業としている。
りん:茶髪の豪快&怪力娘。『いろは』の従業員兼傘貼り仕事の上役、兼裏稼業の助手。
お梅婆さん:『よろづや・いろは』の女主人。色々な商売をしているやり手の婆さん。
えり、せり、らん:いろはの従業員で、凛の同僚。

■本文
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 陽がだいぶ前に落ち、辺りがすっかり暗くなった宵の四つどき(約午後八時)。
『よろづや・いろは』の二階には明かりが灯っていた。

『いろは』は二階建てであり、上の階は住み込みで働く従業員用で、大部屋一つとそれぞれの狭い個室がある。ここで働いている茶髪の少女・凛が、大部屋で文机ふみつくえに向かっていた。

藤兵衛と出会って以来、その日の出来事を毎夜書き留めることが凛の新たな日課となっていた。といっても大層な文章を書ける訳でもなく、ほぼ平仮名の文章であった。

 筆は遅い方だが今日はいつにも増して考え込んでいるのか、なかなか筆が進まない。その様子が気になった同僚のえりが、後ろからそ~っと覗き込む。
「な~に、ぼけっとしてんのよ。どれどれ・・・ 今日は藤兵衛さんと『ういろう』なるものを食べた、めちゃくちゃうまかった。・・・て、凛。あんた、また食べ物のこと書いてんの?」

「ちょっと、見ないでよ!」

凛は慌てて隠そうとする。
同じ年頃の同僚はえりの他にせり、蘭の二名がいるが、蘭は部屋の隅で読書をしており、せりは通いの為ここにはいない。

「なんだかんだで凛、あの人と一緒にいること多いよね」

「そ、そう?」

凛はドキっとする。

「で? お二人はどういう関係なのよ? いい加減白状しちゃいなさいよ」

いつものように、えりが絡んできた。

「どういう関係って、前にも言ったでしょ。あの人とは仕事上の関係だけなの!」

「ふ~~~ん、ま、そう言うのならそれでもいいけど。でもさ、あの人ってちょっと不思議だよね」

「え? なんで?」

「だってさ。凛の言う通りだとさ、あの人って半年ぐらい前からお梅さんの仕事してんのよね。でも、初めて見かけたのは凛と一緒に店に来た時で、それまでは見たことなかったじゃん?」

確かにその通りで、凛も初めて藤兵衛と会ったのが二月ふたつき程前の橋の上での出来事であった。

「どこの生まれかもわかんないし、刀は差してるけど、とてもどこかに勤めてたお侍さんにも見えないし・・・ とにかく謎が多いよね。凛は何か知ってるの?」

「ゔ・・・」

そう言われると、凛の藤兵衛について知っている情報は、正体が一時江戸を騒がせたあの白光鬼はっこうきだということと名前ぐらいで、それ以外はほとんど知らない。

「でもまあ、変わった風体してるけど男前ってのは確かよね。上背もあるし、ピシっとした恰好したら歌舞伎役者みたいになるかもね」

「え? やっぱそう見えるの?」

「そりゃ見えるわよ。・・・でも、凛には少し荷が重いかなあ?」

「ど、どういう意味よ!」

突然色恋の方向に持っていかれ、凛はついつい反応してしまう。

「いい? 魅力的な女ってのは見た目だけじゃないのよ。知性や教養も必要なのよ。・・・ミミズがのたくったような字で、書くことといえば食べ物のことばかりじゃ、ねぇ?」

自分の事は棚に上げて、やたらと上から目線で語ってくる。

「!(やばい!)」

えりは殺気を感じ、言い過ぎたと慌てるが時既に遅し。既に凛の目が戦闘モードに入っていた。

「えり~~~、あんたねぇ・・・ 言いたいこと言ってくれんじゃない!!」

そう言うや否やあっという間にえりの背後を取ると、腕を首に引っ掛けて締め上げる。
これぞ凛の必殺技超苦須理伊覇亜ちょうくすりいぱあであった。見事に決まっている。凛はギリギリと締め上げながらも、

(確かに藤兵衛さんって、わからない事だらけなのよね)

と、先程えりが言った内容に気を取られていた。暫くすると、

ちょいちょい

蘭が凛のほっぺを突っついてくる。

「ん? なに? 蘭?」

「・・・死ぬ」

えりを指さしてぼそっと言う。
はっと気づくとえりの顔色は真っ青になっていて、しかも口からが出かかっている。

「ご、ごめん、えり! 還ってきて~~!」

凛は慌てて腕をほどき、えりの蘇生を行うのだった。

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「はっはっは。そうかい、そうかい。そりゃあ大変だったねぇ」

ここは『よろづや・いろは』の一階にある、お梅婆さんの仕事部屋。
藤兵衛からコンビ初仕事の顛末を聞き、お梅婆さんは愉快そうに笑っていた。

その後、対照的に渋い顔をしている藤兵衛を横目に煙管に火を点けると、ふわりと紫煙をくゆらせる。

「しかし、いきなり一緒に連れていくとは意外だったね。・・・で? あの娘はものになりそうな感じだったのかい?」

「一度痛い目に遭えば懲りるかと考えたんですけど、全然当てが外れましたよ。こっちの動きには難なく付いてくるし、囲まれても動じることなく相手をけなす、煽るですからね。・・・このまま順調に行けば、立派な盗賊になれるんじゃないですか?」

「そりゃあ困るね。うちの看板娘をお天道様の下をまともに歩けなくなるようにしちまうのは」

軽く流すと、お梅婆さんはどこか満足そうな顔をする。

「案外、あの娘の作戦だったのかもよ?」

「へ? 何が?」

「考えてごらん。あんたが権利書を取って来ただけだったら、それで終わりだっただろ? けど、結果的には騙された人ほとんどに権利書が返ってきたし、度度須古どどすこも大人しくなったし万々歳じゃないか」

「それを見越して、わざと見つかったり、更に煽ったと?」

「かもね」

にいっと笑うと、煙をふわりと吹く。

(いや、絶対そんなことはない。ただ、考えなしに突っ走っただけだ)

藤兵衛はぶんぶんと頭を振って否定するのだった。

「まぁ、いずれにせよ無事解決さね。これは、お代だよ」

お梅婆さんは引き出しから小判二枚と分金ぶきんを二枚取り出し、藤兵衛の前に並べる。

「あれ? いつもより多くないですか?」

お梅婆さんがたまに持ってくる裏稼業の報酬はまちまちだが、大体は一~二両の間であった。
当時の貨幣価値では一両で一家四人が一月ひとつき暮らせる程だったので、それなりの値段ではある。
もっとも、胴元のお梅婆さんがどれぐらい頂いているかは謎であるが・・・

「ま、初仕事が上手くいった御祝儀だと思っときな。ちゃんと凛にも渡しとくんだよ」

(ご祝儀ねえ。俺の初仕事の時はくれなかったくせに・・・)

心の中でぼやきながらお代を懐に入れた時には、お梅婆さんは既に次の仕事に取りかかっていた。
藤兵衛も軽く礼をすると、部屋を出ていくのであった。

つづく

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