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エリザベス・キューブラー・ロス『死ぬ瞬間と死後の生』「自然な感情」(恐怖、悲嘆)
人間は神様から五つの自然な感情を授かりました。恐怖と、罪悪感と、怒りと、嫉妬心と、愛です。
持って生まれた自然な《恐怖》は二つだけです。高いところから落ちる恐怖と、不意の大音響に対する恐怖です。
この恐怖があるおかげで、私たちは傷つかずにすんでいるのです。つまり、文字どおり生き延びるために必要なのです。
信じられないかもしれませんが、多くの人は恐怖のために、生きるエネルギーの九〇パーセントを費やし、日常生活の選択をしています。恐怖はあなたの人生にとって最大の問題なのです。もし、自然な恐怖以外に何ひとつ恐怖のない生活ができれば、人生をフルに生きることができます。
周囲がどう考えているのかという恐怖や、自分は愛されていないのではないかという恐怖のない人は人生を百パーセント生きることができます。
自然な恐怖以外の恐怖に怯えて暮らしていると
自分の人生を思うように生きることができないということです。
自分でコントロールができないもののために
自分のエネルギーを使うことをやめると楽になります。
他人がどのように考えるかまでは
自分がどんなに考えてもどうしようもないのですから。
誠実に生きることで
自分に自信を持つことの方が大切です。
《悲嘆》は自然な感情であり、人生におけるあやゆる喪失の対処するための、天からあたえられたもっとも貴重な贈り物です。
喪失に対する悲嘆は
十分に味わい尽くすことが必要だということです。
その際には情報を与えられるべきだと考えています。
たとえ子どもであったとしても
十分な説明が必要だということです。
もし、子どもが三輪車から落ちても、親が大騒ぎせずにその子が泣くにまかせておけば、ほんの数秒もすれば、子どもはまた三輪車にまたがって走り出すでしょう。子どもはそうやって、人生の荒波に対して準備をととのえるのです。そういう子はいくじなしにはならないでしょう。我慢して涙をいっぱいため込んでいないので、きっと強い子になるでしょう。
三輪車に上手く乗れなくて落ちても
自分で泣いて
そして
立ち直り
また乗り始めるという経験が
子どもを強くしていくということです。
むりやりに抑え込んだ悲嘆が肺の障害や喘息に姿を変えることもあります。
私が言いたいのは、ため込まれた涙は、喘息や、肺の障害や、下痢などを著しく悪化させる、ということです。
自分の感情を、無理矢理意識しないように抑え込んでも
自分の体のほうが悲鳴を上げるようになるということです。
体の方が感情に正直に反応します。
なので、体の調子が悪くなって
自分の感情の乱れや心が疲れていることに気がつくこともあります。
その時には
十分に休むことが必要です。
人生は長く
その休息の時間は
今は長いように見えても
ほんのひと時に過ぎません。
大丈夫です。
休んでみると見えてくることもあるはずです。
長い人生
気楽に
ゆっくりと
生きていきたいです。
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