読書録#3

  今回は2冊。
  両方ともSNS社会や人間の願望をテーマにしていて、合わせて読むと面白いので今回一緒に紹介します。
   
 ①エドガー・カバナス、エヴァ・イルーズ著:高里ひろ訳『ハッピークラシー「幸せ」願望に支配される日常』(以下①)

薄暗い背景に羊が2匹・・・何やら不穏な感じ。


 ②リーヴ・ストロームヴィクスト作:よこのなな訳『欲望の鏡 つくられた「魅力」と「理想」』(以下②)

色鮮やかなピンクが可愛い表紙。


 まず、①から。
 本書では「誰もが幸せになるべき」とメッセージを掲げる事で社会的な問題も個人の責任とされる事を批判しています。
 「幸せになりたい」が「幸せにならないといけない」になり、やがて「幸せにならなくちゃいけない」や「楽しくなくちゃいけない」に変わる。その空気は確かにSNS、特にInstagramで感じます。
    「幸せになりたい」と思う事自体は悪いことではない。しかし、「幸せになること」を他者から押しつけられたり、義務とするのは違和感を覚えます。
 それにいつも楽しく前向きでいることも、本当に良い事なんでしょうか。時に落ち込んだり、後悔したり、不安になったりといったネガティブな感情もしっかり受け止める方が私は健全だと思いますが。

 一方、②ではSNSや家父長制を通し、美しさや理想が他者の目によって作られることが批判されています。自分の心から湧いて出てきている理想も、他者の目を反映している、という訳です。
 この美しさや理想は、「自分らしさ」にも置き換えられます。
 近年、自分らしく生きる事が美徳とされているが、先述した「幸せ」同様に「自分らしくいること」を周囲から求められるのは違和感があります。
 また、「自分らしくいよう」という空気が醸成されるあまり、「自分らしくいなければいけない」と焦り、逆に自分を追い詰めてしまう人もいるのではないでしょうか。
 
 以上のように自分の内面にフォーカスするような動きは自己啓発やコーチング、スピリチュアルと相性が良く、自己責任にも繋がりやすい。

 でも、誰しも不幸になりたくて生きている訳ではない。むしろ、幸せになりたい人がほとんどのはず。
 大切なのは一人一人が自分の感情を大切にしながら、幸せとは何かなど色んなことについて考えて生活する事ではないのかな・・・。

   私も夢見がちで都合の悪い事から目を逸らしがちな人間だが、ファンタジーに逃げ込んでばかりいても本当の意味での解決にならない。
 でも人が幸せを願わなくなったらどうなるんでしょうか。それこそ無味乾燥な、ただの「物」としてしか存在できなくなるのではないでしょうか。
 幸せになることはとても大変な事です。というか、幸せ自体が掴み所の無いものではあります。
 それでも幸せを願うから生きて行けると私は思うのですが、皆さんはいかがでしょうか。
 

 
    望月香夜

 

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