大切なことはぜんぶ、十二国記が教えてくれた。【小野不由美『図南の翼』感想】

私は「仕事ができる人」になりたかった。
そのためにはこのビジネス書を読むいい、と上司は言う。とても実用的で、ためになるから、と。
ためしに、いくつか読んでみる。
確かに実用的だし、わかりやすいし、すぐに実践できそうなことが書いてあるんだけど…。でも、どれを読んでもピンとこない。

1年前、数冊のビジネス書を読んではどれも身にならず、お金だけはたくさんかかって落ち込んでいた私に向かって言いたい。

「いいから、『図南の翼』をもう一度読め!!!!」と。

大切なことはぜんぶ、ここに書いてあるから。

中学生の頃、学校の図書館にあった『十二国記』シリーズを夢中になって読んでいた。ページをめくる手が、止まらなかった。

たくさんのシリーズがある中で、特に私のお気に入りは12歳の女の子が主人公の『図南の翼』(となんのつばさ)。

国を統べる王が長い間不在のため、荒廃を辿る一方の国。「あたしがこの国の王になる!」と玉座を目指す彼女・珠晶(しゅしょう)の冒険物語だ。

※補足※十二国記シリーズでは、王様は世襲制ではない。王の側近となる生き物"麒麟"が王になる器の人を選ぶ。王の選定はその麒麟が会いに来るか、それとも会いに行って選ばれるか、で決まる。

当時のお小遣いではシリーズをぜんぶ買うことはできなかったけど、『図南の翼』だけは買って手元に置いておいた。そして何度も、読み返した。

だけどそのうち、本を開くこともなくなった。
最近、何に導かれたのか、数年ぶりに手にとって読んでみた。


「私以外、誰がこの国の王になるの?」と言いながら、珠晶が始めた旅。
もちろん道は険しくて、危険なことばかりだ。

そもそも、珠晶は主人公にしては、なんとかいうかすごく"嫌な奴"なのだ。小賢しくて、傲慢で、ワガママ。これで貧乏な生い立ち、とかならまだ同情できるけどそうじゃない。実家は商家でめちゃくちゃ金持ち。何不自由ない生活をしている。

それでも彼女は、学んでいく。険しい冒険の中で、生きていく方法を。時には恥ずかしい思いをして、時には命の危険を感じたりして。
そうして彼女が出す答えは、理屈や常識を超えていく。

傲慢に見える態度も、自信家であることも、彼女の姿を見ていると自分自身が恥ずかしくなるくらい、まっすぐだということに気づく。

そして、物語の最後の数ページで明かされる"彼女が本当に王を目指した理由"に涙が止まらない。何度読んでも、ここで泣いてしまう。


大切なことはぜんぶ、ここに書いてある。

そう思える1冊に、私はもうずいぶん前に出会っていたのだ。

ビジネス書よりも、書いてあることは抽象的だけど、私は実用的な「解」よりも、それにたどり着く思考のヒントが欲しかった。
きっと、物語を愛する人間には、その方が合っている。

そう思うと、「仕事ができる人」に価値は感じない。
きっとそれよりも、自分の人生に対して肯定的に生きることの方が大切で、そのためのヒントは珠晶が教えてくれたのだ。


きっと、これから立ち止まった時に何度でもこの本を開くと思う。
そこには12歳の少女がいて、時に癇癪を起こしながら私のことを叱咤する。「甘ったれないでよ!」と。

私は、それに苦笑しながら、自分の道をまた少しずつ歩いていくのだ。


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