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お金が怖かった

つい最近まで、家計管理に強い苦手意識を持っていた。

両親は家計管理が全くできない人だった。
やろうとしたかは別として、いま、定年まで10年を切ってほとんど現金がないというのは結果的に管理しきれなかったということだろう。
私が下の兄弟とは年の離れた長女だったこともあり、母から「お金がない」という言葉を頻繁に聞かされて育った。そのわりに、母の信じる東洋医学の砂糖粒に400万を使っている姿を見て、心底不思議に思っていた。
大学時代には、母が学費を払うたびにSMSのメッセージが届き、いくらかかったか書いてあるとともに「今までにかかったお金を返してほしい」と添えてあった。
今思えば母は、不安がおかねへの執着になっていたのだろうと思う。母方祖父は働かなかったそうだし、母方祖母は同じタイプのおかねへの執着を持っていた。

父は父で、収支を考えられない人だった。借金をしないのが取り柄だが、あるだけは全部使う。曾祖母が残した80万円近い預金を3ヶ月で使い切ったことがあった。
父は年収1000万円に近かったので、「稼いでいてもお金がないということがあり得るのだ」と身をもって知った。


その分、お金が怖かった。

そんなわたしも、大学の頃は、通帳のマイナスが一時は30万円に膨らんだ。バイト暮らしで月毎の増減が激しかったのもあるが全く管理ができていなかった。

就職して実家からはなれた場所で一人暮らしをはじめた私は、「怖いことを減らしたい」「一人暮らしを保てる安心がほしい」
その一心で、家計管理の本をたくさん読んだ。

一人暮らしのころは
・支出を記録するアプリをつけ始めた
・スマホを格安SIMに変えた
落ち込みや不安を解消するために、髪を染めたり、雑貨を買ったり、買い食いをしたりとお金を使っていたのでなんとかプラマイゼロを保ったものの貯金はできないままだった。

夫と結婚してから、家計管理をできなかったでは済まされないという焦りもあって、更にたくさんの本を読んだ。
そしてはじめたのが、
・カレンダータイプのノートにに日々の使ったお金を記録する
・月末に固定費と変動費に分けて収支を計算する
・食費、日用品の予算を決める
・クレジット払いも使った月に記録する
・一般的なパーセンテージと照らし合わせて全体の配分を決める
・積立も含めて特別費の予算を決める
続けることで最低どれくらいの金額があればひと月暮らせるが掴めるようになってきた。
それぞれの方法については、これから詳しく書いていきたいと思う。

少しずつ家計管理は楽しいものになっていった。もともと書くのは好きだったし、できなくて不安だったことができるようになって安心感もあった。

家計管理をはじめて、とても良かったことがある。
それは最低生活費を把握できたことだ。
これくらいの貯金があれば○ヶ月は大丈夫。
毎月これくらいの金額で暮らしていけば、大丈夫。

だいたい把握できること、見通しが持てることは、毎日の安心に大きく貢献してくれた。

夫も協力してくれる人だから毎月安定して保つことができている。家計をお構い無しに散財する人だとこうはいかない。そういう点でも今の生活は安心だ。

家計管理を通じて、暮らしを自分の手の内におさめた感じがした。誰にも脅かされない。

家計管理を学びはじめて、ここに至るまで、五年。
毎月家計簿を〆るたび、自分で手に入れた安心をかみしめる。

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