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知財とオケ

 知財業界に転職し、弁理士になってから数えても10数年以上が経過した。比較的働きやすい知財業界にいるといっても「仕事なんて辞めてしまおう!」と思ったのは一度や二度では足りない働く母の私である。
 それでも今、まだ知財業界で働いているのは、知財の面白さ故とも思える。知財の面白さにも色々あるけれど、そのうちの一つに多様性が挙げられると思う。知財は専門領域も多様ならば、各専門領域で働く方々もすこぶる多様な業界だからだ。一例をあげると、特許分野は理系出身者が多いけれど、商標分野には文系出身でご活躍の方も多く、意匠分野では芸術系ご出身の方も多いと聞く。
 

 そんな知財と「アレ」の題材として、私は「オーケストラ(オケ)」を選んでみたい。知財の多様性とオーケストラの楽器(演奏者)の多様性を、ちょっと無理やりながらも比較して楽しんでみるという試みである。なぜなら、オーケストラの楽器もすこぶる多様だからだ!
『オーケストラの楽器は、それぞれに強い個性と、独自の音色、「これだけはほかの楽器に負けない!」という得意とする表現分野を持っている。』(*:茂木大輔「オーケストラ楽器別人間学
 

 では「知財とオケ」を題材に、知財分野の多様性とオーケストラの楽器の多様性をお伝えしてみたい。読み終えたころには、知財の幅広さとオーケストラの楽器の違いの面白さを少しでも楽しんで頂けていたら幸いである。

こちらは「知財とアレ」エッセイ大賞に投稿した記事です。(自身の投稿について、ブログ等で公開OKとのことで、こちらで公開いたします♪)
自分の「推し×推し」でエッセイを書くという楽しい貴重体験でしたー!

①身近な知財(商標、著作権)

 まずは、業界を問わず目にする機会が多いであろう身近な知財として「商標」「著作権」についてお伝えしたい。商標や著作権は、ブランドや芸術など、商売や暮らしと深いつながりをもった権利が網目のように存在する世界である。組織で営業や広報を担当されておられる方から、趣味で絵を描いたり、音楽を演奏している方まで、幅広くたくさんの方々に関連する分野である。
 
 まずは商標に関わる知財の実務家の方々を、私の独自イメージで表現するならば「オシャレで流行りに敏感で、人あたりの良い皆さん」が多い印象である。事業に近いブランド保護に関わるため、商売の流れやブランド等のオシャレに敏感であることが、実務上で求められているのだと思う。人あたりの良さについては、最近お邪魔している商標の勉強会で、実際に商標に関わる方々のご意見をお伺いしていて感じるところである。

 そんな商標実務家の皆さんのイメージをオーケストラの楽器のイメージに当てはめてみるならば、どんな楽器がイメージに近いだろうか・・・フルート」はどうだろう? フルートは倍音を含む音の柔らかさと、リードや弦等の振動体を持たない音のはじまりの柔らかさを持ち、『フルート奏者の性格は、人あたりがよく、優しく柔和であろうと思われる。』(*:出典上記と同じ、以下*とする。)といえるようである。実際にも、私が所属してきたオーケストラでの印象として、フルートを始めとする木管楽器には、綺麗なお姉さま方を筆頭として物腰の柔らかい皆さんが所属していたので、このイメージに沿っている気がする。また、フルートは初心者のうちあまり大きい音が鳴らず自我やプライドはあまり傷つけられないそうであり、『このことは熱く燃えた体当たり的な性格よりも、むしろ冷静で客観性を伴った、学者肌の性格に奏者を導く。』(*)のだそうである。事例や判例に精通した方々の多い商標分野には、まさに学者肌の専門家の皆さんが多いように思う。どうだろう、商標とフルートのコラボレーションは、少しはハマっていそうだろうか。

 次に、著作権の分野について触れてみたい。組織では誰かの著作物を利用する場合や、職務上の著作の取扱いの相談等があり、日常生活や芸術分野では書籍や新聞、音楽、絵画、映像や舞台、SNSでの著作物利用等・・・、商売でも日常生活でも、著作権に関する話題は多種多様で途切れる間がない。例えば、私が気になった過去の日常的な疑問では「息子たちのために作ったキャラ弁をどこまでSNSでシェアしてよいか?」等、専門家でも判断や回答の難しい相談も多いのが著作権である。 

 そんな著作権をオーケストラの楽器でイメージするのは、非常に難しい。著作権という分野そのものが多種多様だからである。そこで、ここはひとつ打楽器奏者に当てはめてみたい。彼らはティンパニを中心としつつも、トライアングル、タンバリン、カスタネットといった多様な小物楽器も扱い、まさに多様性を相手にしているからだ。ティンパニの音色は『奏者の性格に大きな恰幅と深み、洞察力を与え、またいかなる楽器をも包み込む包容力をもたらす。』(*)そうであり、小物楽器の音色により『人間関係においてはドライな、感情的共鳴の少ない人間像を形成することになる。』(*)ようである。著作権のように多様な分野の相談にもドーンと構えて冷静に対応するという専門家のイメージで共通点ありそうに思うが、どうだろうか。・・・といっても、著作権だけを扱われている専門家の方は少ないので、おそらく他の分野と併せてイメージするのが実際のところかなとは思っている。 

②知財の花形(特許)

 知財業界で働く者にとって花形といえば「特許」だと思うが、実際に花があるかどうかは議論の余地があるだろう。そこはさておき今回は、同じ特許分野の仕事をしていても、特許事務所で働くか、企業に在籍するか、あるいは調査を専門にしていたり、特許事務のプロだったりと、所属や業務範囲によっても、多様性が感じられることをお伝えしてみたい

 特許分野について、特許事務所で働いている皆様を一言で表現してみるならば、やっぱり「職人」だと思っている。先輩職人から教わった基本技術を元に鍛錬を重ね、日々技術を磨いているというイメージは、大きく外れてはいないだろう。さて、特許事務所で働く職人の皆様をオケの楽器で表現するならば、表現力の広さと万能性から「バイオリン」を当てはめてみたい。バイオリンについて、私がチェロを弾いているから特に共感するのだが、『極小の運動を常にコントロールする必要性は、奏者に繊細で神経質な面を与える。』(*) という説には納得することが多い。弦を指で抑えるわずかな距離の差で音程を取るのに大苦戦するし、弓を運ぶときにも繊細に動かさなければ一つの弦だけを鳴らすことは難しいのだ。このバイオリンにおける「繊細で神経質」という面は、特許事務所の職人にも大いに必要な一面でもあると感じている。法律にも、判例にも、クライアントにも神経質で繊細である必要があるかもしれない。 

 一方、同じ特許でも企業で働く場合には、気質は大分違ってくるように思う。・・・というより、気質を変えなければ企業知財で長生きするのは難しいと思っている。特許事務所が「バイオリン」ならば、企業知財の皆様は「トランペット」でどうだろうか。皆さんご存知のトランペットは華やかな楽器であり『真の意味で勇敢であり、自分の求められた場面においては、困難にひるむことなく突進することを知っている。』(*)という奏者像だそうである。自分の演奏(仕事)に対する影響に対し責任も大きい一方、その影響の大きさを考慮して謙虚で柔軟な部分を持つという奏者の姿は、まさに企業知財の方々に当てはまるのではないだろうか。 

 さてさて、特許について特許事務所と企業という所属の違いをお伝えしてきたが、業務範囲の違いによる多様性を感じてみるのも面白い。私は近頃、「特許調査」をご専門とされる方のコメント等を拝見する機会が増えたのだが、非常に技術的で繊細な業務と思うことが多い。なので、特許調査を専門にされる方々をオケの楽器に例えるならば「オーボエ」を挙げてみたい。演奏の難しさや微妙な調整を必要としつつ、おいしくて目立つのである。特許調査に関わる、あの方やあの方を思い浮かべながら、オーボエぴったり!と思うのだが、いかがだろうか?

 さらに、知財の業務範囲で、私がすこぶる重要だと思うのは「管理業務」である。特許には限らないのだが、特許庁や海外代理人等とやりとりする書類提出で定められた期限を守れなければ、権利を損失する等、大きなリスクを伴うことも多いのだ。このため、特許事務所や企業で管理業務・事務をご担当される方の存在は、超重要なのである。ここでオケの楽器としては「チェロ」をご紹介したい。『チェロの大きな魅力のひとつは、ほかの楽器では大体まるめた指の中や、口の中など視覚的に認識しにくい小さな部分で起こっている演奏の実際が、聴衆からはっきりと見てとれるという点にある。』『こうしたことは奏者をして、正々堂々たる、表裏のない誠実な性格へと導く。』(*)というチェロの特徴と管理業務とを当てはめてみたい。まず、知財の他の業務においては、権利範囲も明細書等の成果物も良し悪しが一見して分かりにくいのに対し、管理業務は業務量も成果も至って分かりやすくシンプルである。この分かりやすさは、チェロの演奏の視認性につながると言えるかもしれない。また、明細書作成や契約チェック等では機密事項を厳格に管理して業務する知財業界だが、管理業務に関しては競業関係にある組織同士でもやり方を情報交換できることが多い。そういう意味で、管理業務はチェロと似ていて表裏のない業務範囲である。(・・・ちょっとこじつけっぽいが、このコラムのどこかで自分の弾いているチェロを紹介してみたかったのだから、致し方ない。

③変わりゆく知財(意匠)

 最後に、形状等のデザインを守る権利であり、法律の改正により内装を含む建築物や、携帯電話の操作画面などの画像のデザインも保護できるように変化してきた「意匠」とオケとを当てはめてこのコラムを終わりたい。
 

 残念ながら私は意匠の専門家の方をあまり存じていないのだが、例えば審査では、芸術系のバックボーンをお持ちの方が、デザイン同士が似ているかどうか等を判断していると聞いている。権利化のための提出書類についても、特許や商標は文字を主体に記載することが多いのだが、意匠ではデザインを表した図面を中心に内容が表現される。

 そんな意匠とコラボレーションするオケの楽器としては「ファゴット」はいかがだろうか。『ファゴットは合奏のなかで主役になることがむしろまれであり、低音を受け持つことが多いため、奏者は自己顕示欲を抑制されて、縁の下の力持ち的役割に歓びを見出すようになる。これが積み重なると奏者は、代償的に自分を充足させてくれるような、強い個性、表現をもった人物(フルート、オーボエ、クラリネットなどのメロディ楽器奏者)に対するサポート精神に導かれる。』(*)まさに意匠もファゴットと同じように、意匠だけが主役になって商品や製品を守るというよりは、特許や不正競争防止法等の関連する制度も上手く活用しながら総合的に活躍することの多い権利ではないだろうか。そんな意匠を扱う専門家の方々も、きっと縁の下の力持ちのような方々だと想像する。
 また、意匠だけでなく、他のどの権利も、それぞれの個性をうまく活かして併せ技で使いこなせれば、事業や製品を守りたい方には鉄壁の壁を築く機会になっていくだろう。

最後に 

 知財やオケのように多様性の溢れた場には、とてつもなく個性的で魅力溢れるものが詰まっていると思う。本来の多様性は、一人一人の個性を尊重する姿であるべきと理解しているが、今回のようにカテゴリー分けした中でご自身と違う世界の方々の考えや個性を知ることは、多様な世界で相手を知るための一手段だと考えている。

 本エッセイを通じて、少しでも知財やオーケストラの楽器の幅の広さや個性を感じて、そして楽しんでいただける方がおられることを祈って。

Mocco

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