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【矢留の香り】ちょっとしたものを、共有する

瀬戸内の温暖な気候で育つみかんや、道後温泉、俳句など文学で有名な愛媛県。
日本海の寒波にさらされ強く育ったお米や濃い目のラーメンなど、寒さに抗った魅力を持つ秋田県。

同じ日本でも気候、文化、方言、人々の暮らし方すべてが異なる。
18年間住んだ自身の故郷愛媛県から上京し、初期配属先の秋田で働いてきた私は、同じ日本でも違いが多すぎることを実体験してきた。

秋田から愛媛は国土1600kmほど離れている。そのため、唯一の交通手段である飛行機は国内であるにもかかわらず乗り継ぎをしないと帰ることができない。
費用も直行便の倍ほどの値段がかかる。なんと年末年始は往復で8万円だ。
大学時代の帰省費は羽田から愛媛までで高くても4万ほど。
倍以上する金額に悩んだ末、結局帰省を諦めた。

こんな風に、今までは長期休暇になると当たり前にできていたことが、できなくなった。

これは個人的にかなりインパクトのあった実例だが、些細なことでも、たとえば例えば服やコスメ、流行に沿ったカフェなどが当てはまる。
これらの小さな「欲」を求める20代の2年を、簡単に手に取ることができない土地で暮らしたことにより、こんな考え方が身に着いた。

それは、「当たり前がない場所で、あるに近いことを探していく」考え方だ。
この考えにより、価値観が変わるとまではいかないものの、自分の生きやすさの幅が広がった。

また、「帰省が気軽にできなくなった」という当たり前のはく奪によって、以前よりもするようになったことが1つある。
それは、遠くて会えない環境を活かし「なかなか中々行けない秋田のお菓子や特産品を家族へ贈ることである。

きりたんぽやハタハタが有名な秋田。
ほか他にも隠れた美味しい食べ物がたくさんあるのをご存知だろうか。

秋田は高齢者人口増加率トップだからかは分からないが、魅力的な和菓子も同様にずらりと名を連ねる。
中でも今回、私は「矢留の香り」という和菓子を最も薦めたい。


自身で撮影

梅風味の白あんを求肥のもちで挟んだ餅菓子で、上にはキリっとしたしそが重なっている。
上にかかっている上新粉からは、東北秋田の初雪を想起させる。

同じ和菓子の中でもいちご大福や桜餅のような見栄えの華やかさは正直言って、無い。
餅菓子特有の甘ったるい後味を、しそを重ねることによって相殺するというなんとも渋いチョイス。これがいい。

「矢留の香り」というお菓子は、秋田の「華やかではないが本来持っている自然の美しさ」をうまく体現しており、もちろん味も美味しいのである。

「これを食べて秋田を感じてもらえないかな」
ふとそう思った私はこのお菓子を両親に贈った。
ここで1つ気を付けていたことがある。この場では散々このお菓子について紹介したが、実際に贈るときは細かな感想を求めるなんて恩着せがましいことはしない。
少しでも遠い地の情景を感じてほしい、ただそれだけの気持ちで贈ればいいのである。

地元から今住んでいる場所が遠く離れているからこそ、何かちょっとしたものを贈ることが非常に意味のある行為に感じる。
例えるのたとえるならば、自分の思いも、贈り物が分身となって一緒に贈られているような感覚に近い。

反対に、贈り物を贈られて存在を近くに感じた経験もまたある。
私が関東の大学へ上京して数か月経ったころだろうか、家にキャベツのピーラーや簡単な調味料セットが届いた。

愛媛のお隣、香川に住む祖母が、当時初めての1一人暮らしに苦戦する私を思って「ちょっとした贈り物」を贈ってくれたのである。
まるで香川に住む祖母が近くにいるような感覚を覚えると同時に、当時東京に知り合いが一人もいない、心細かった私にとって非常に心強く感じた。

安物だと祖母は笑っていたが、贈ってくれたという思いやりそれ自体、当時の私にとってはプライスレスだった。
しかし、キャベツピーラーは実用性においても私の支えとなったことは言うまでもない。

些細な贈り物でも、ほっとする懐かしいものだとそれが日々の仕事の癒しとなる。
社会人になって住んだことも行ったこともない東北へ配属されしばらく経ったころ、会社から帰宅したら懐かしいものが届いていた。

瀬戸内の有名土産菓子「母恵夢(愛媛県)」や「もみじまんじゅう(広島県)」をご存知だろうか。
私の両親が広島旅行へ行ったついでにと、お土産と、ひとことメッセージも添えて贈ってくれた。
まだ慣れない環境の中、幼少期から見慣れたお菓子のパッケージに思わずほっとしたことを覚えている。
このように、人は贈り物によって送り主や贈ってくれた物に対し懐かしさを覚え、とき時にそれはヒーリング効果としてプラスに作用する。
贈り主、贈り先との温かいつながりも感じることができ、最終的には「人生の充足感」のようなものにつながるのではないかとすら思っている。

「懐かしさ」には、ストレスが解消しポジティブになるとともに、脳の健康を維持し認知症のリスクを低下させる効果があると、さまざまな脳科学の研究で報告されているそうだ。
物を贈るという行為は、贈る、贈られるという気持ちに加え、脳へのプラスの影響にもよい良い影響をもたらすと思うと、どんな些細な贈り物だとしても、素敵な行ないである。

「気は心」ということわざがある。
ちょっとした些細な贈り物でも、誠意があれば真心は伝わるという言い換えだ。
これを贈って少しでもほっとしてほしいという真心があれば、たとえちょっとしたものでも嬉しいものなのかもしれない。

対して、物を贈ることに対してこんな意見もあるだろう。
頻繁に物を贈ったりすることが負担となったり、すぐにお返しをすることを仕返しと捉えてしまう人もいる。

必ず物を贈らなければならないということでもない。
あくまでも、贈りたいという心の添え物としてちょっとしたものを贈るというイメージでいい。

すぐお返しをすることはかえって義理のように感じてしまう恐れがある。
感謝の気持ちを忘れさえしなければ、いったん一旦受け取ってゆっくり味わい、その後はじめて考えてからでもいいものだ。

日々の忙しさに気がめいったとき時こそ1一度自分の生活環境を振り返り「何かを共有してみようか、贈ってみようか」と考えながら暮らすことは、物を贈る贈らない関わらず、自分の生活に何か新し視点が生まれるのかもしれない。

引用

・「榮太楼「矢留の香り」紫蘇を使われることでこうも香りが・・・」
榮太楼「矢留の香り」紫蘇を使われることでこうも香りが・・・ お土産まいり管理人 2021年10月13日発行

・ONTOMO「懐かしい音楽は脳の健康にいい! 脳科学者・瀧靖之さんが勧める学校での合唱活動や楽器演奏の再開|音楽っていいなぁ、を毎日に。| Webマガジン「ONTOMO」 (ontomo-mag.com)」小島綾野 2022年3月16日

・オトカゼ「懐かしい音楽を聴くと認知症予防にもつながる? 脳医学者監修の「回想で心と身体が元気になる脳活性CD」 - オトカゼ 〜音楽の風〜 (otokaze.jp)」瀧靖之 2022年6月27日