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【感想】パーフェクト・クオーツ 碧き鮫(五條瑛)

2020年8月に出版された「パーフェクト・クオーツ 北の水晶」と対になる物語。
北の水晶」はこれまで同様葉山隆の物語でしたが、「碧き鮫」の主人公は、隆さんの相棒であり、米海軍犯罪捜査局(NCIS)の捜査員である坂下冬樹。
「北の水晶」の物語の裏で、冬樹さんは韓国に出張していました。仕事の内容は、「スリー・アゲーツ」に繋がる北朝鮮工作員チョンの逃亡劇に絡み、情報漏洩の原因となった女を捜索すること。
別々の地で展開される物語はやがて「北の水晶」と合流し、ひとつの出来事に収束していきます。
それだけでなく、ソウルのロシア大使館から売りに出された伝説の女スパイの絵、親北路線をとり米国と距離を置く韓国など、さらなる変化の兆しが見えはじめ、ますます今後の物語の展開が気になるところです。

「パーフェクト・クオーツ」2部作は、シリーズ2作目の「スリー・アゲーツ」のと密接につながっており、永く鉱物シリーズの続きを待っていた方はもちろん、初めて鉱物シリーズを知る方には「スリー・アゲーツ」とともに楽しんでいただきたいです。

(以下、ネタバレあり)

本作の見どころといったら、何を置いてもまず、冬樹さんと韓国国情院の情報員 洪敏成の組合わせ。
もちろん当然仲がよいはずもなく。でも有能なふたりなので、着々と物語は進みます。
韓国の国内情勢により洪は苦しい立場に置かれていて、今回はかなり痛々しい感じ(物理的にも)で終わってしまいますが、それぞれ別ベクトルにブレーキが搭載されていない彼らなので、東京姫の調子が戻ったあかつきには、このふたりでスカッとする調査モノとかどうでしょうか。読む分にはとても面白そうです。本人たちは嫌がるでしょうけど。

本作で、いつも軽妙で狡猾で愉快犯的な洪が国の事情でままならない状況に陥るのを見て、これまで自覚していた以上に彼が好きだったんだなぁと気づきました。
洪のことですから、またニヤニヤ笑って隆さんをからかいながら、逞しく世界を渡っていくものと信じています。

また、隆さんから冬樹さんへのメールが各章の間に挟まっているのも本作のうれしいポイントです。
隆さんが仕事の進展を教えてくれるので「パーフェクト・クオーツ」のどの時点なのかがわかります。
お互いの仕事のことだけでなく、無茶はするな心配だ、変態菌(洪のことですね)に気をつけろ、女に気をつけろ、などなど、生活にまでメッセージをくれる隆さん。
このふたりの、「自分が面倒をみてやっている」とお互いに主張し合う関係が好きです。ほほえましい。
冬樹さんへのメールは、隆さん視点で描かれているはずの「パーフェクト・クオーツ」本文よりも、率直な心情を伝えてくれます。
エディのことといい、隆さん視点の物語は本当に信用なりません。実はそんなにウキウキしていたんですか。格好つけずに私たちにも教えてくれていいのに!

そして、本作では、半島編の完結作、「Seoul Cat’s-eye(半島の猫目石)」への布石として、ロシア大使館から売りに出された伝説の女スパイの絵の存在と、それがサーシャの手に渡ったことが明かされます。
その絵を携えたサーシャが隆さんに何か仕掛けるのか、楽しみです。
隆さんの自らの出自への苦悩は父親のリオンとセットになっていて、母親については、これまではいつも、もしかしたら自分よりも父にとって大事な存在だったのではないかという疑念を背景として語られてきたように思います。母親単体に対しては、隆さんはどんな感情を持っているのでしょうか。個人的に興味のあるポイントです。

物語の随所に織り込まれるリアルが五條作品の魅力。
本作でも、朝鮮指導者の異母兄“ヨハン”など、様々なことがリアルとリンクしていますが、私の場合は、北朝鮮をめぐり揺れ動く韓国と、米国との軋轢、それに翻弄される洪の姿が印象的で、国を二分され、同胞と敵対せよ、米国の同盟国であれと言われる韓国の人々の気持ちはどんなものなのだろうと感じました。
また、スパイたちに巧みに絡み取られ、ある者は自分の道を歩き出し、またある者は絡み取られたまま死を迎える女性たち。実際の暗殺事件の実行犯として逮捕された彼女らも、本作のように誰かの思惑で周到に犯人に仕立て上げられたのでは?と思わせられます。
いずれも私には推し量りきれないものがあり、そう思ってしまう時点で私は平和ボケしているのだろうなと思います。

最新の国際情勢を踏まえて展開され、いつも新しい気づきをくれるこの鉱物シリーズの続きが読めることを、そして、10代の頃からずっと見続けてきた隆さんの行く末が彼にとって納得できるものであることを、心から祈っています。


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