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【感想】パーフェクト・クオーツ 北の水晶(五條瑛)

待ちに待った、鉱物シリーズ続編の出版。
シリーズ1作目の「プラチナ・ビーズ」に出会ってからずっと、このシリーズが好きで、本編はもちろんスピンオフも大事に大事に読んできました。
本当に、嬉しいです。

前作「スリー・アゲーツ」で、日本と北朝鮮のふたつの家族のために生き、そして死ぬことになった、北朝鮮の工作員チョン。
主人公 葉山隆は、彼から託された言葉たちを手繰っていきます。
チョンの語った工作員“カタツムリ”とは? 完璧なるスパイ“石英”とは?
一方、そのころ米国には、ある韓国財閥のトップからとある取引の話が持ち込まれていて・・・
最初は別々に展開していたストーリーが次第にひとつになり、結末に辿り着く。鉱物シリーズの定番であり、巧みなストーリー運びにいつもワクワクさせられます。

(以下、ネタバレあり)

本作は、「スリー・アゲーツ」でチョンが隆さんに遺した証言と、「スパイは楽園に戯れる」でも触れられた北朝鮮指導者の異母兄“ヨハン”の亡命話を軸に展開していきます。
隆さんが追う“石英”と、“ヨハン”の亡命話は、韓国財閥「京星グループ」の経営者親子を接点として思わぬ結末に。
私は、この、様々なことが結末に向かって縒り合わされていく感覚が好き。鉱物シリーズの醍醐味だと思います。

本作では、タキやスタック、ハリス博士、隆さんのもうひとりの上司 野口さん、『中華文化思想研究所』の仲上さんや彼と因縁深い“火蛇”など、懐かしい面々も登場します。
そして見どころは、韓国出張中で冬樹さんが不在の間に、いつもだいたいオフィスかレストランにいる上司のエディが現場に出て来てくれること。
空耳であってくれ、エディじゃなくてタキさんとなら楽しくやれるのに、などと可愛くないことを考えてしまう隆さんも含めて、シリーズの読者には楽しい意外性だと思います。
案件の重さや聞取り対象の社会的地位を考えれば部長が自ら出てくるのも納得できますし、隆さんを連れていくことにも作戦上の意味があったわけですが、「たまには君の仕事ぶりをみたい」というエディの言葉も、実は結構な割合で本気なのでは? と思ったりしました。
あとは、仲上さんが自分に甘いとわかっていてインスタントでないコーヒーを淹れてにっこり笑って頼みごとをしたり、<会社>に憧れる『中華文化思想研究所』の三木くんを、最初はその道に引き込まないようにしていたはずなのに“ヨハン”の情報のために使ってみたり、隆さんも情報屋としてたくましくなりましたね。なんだか感慨深いと同時に心配になります・・・

さて、「父と子」「血」は、鉱物シリーズの大きなテーマ。
“ヨハン”の亡命話を持ち掛けてきた京星グループ社長 重貞高平と、息子に社長の座を譲って会長に退いた父 重貞成平。
前指導者の実の息子でありながら国に居場所を失った“ヨハン”。
今回は、いずれも悲しい結末をむかえることとなります。
主人公の隆さんは、ずっと、父が自分をひとり残して死を選んだことに対する傷心と、父の死への疑問、そして、父の死の真相が実の息子である自分にすら秘されていることへの苛立ちを抱えています。
本作で隆さんは同じ情報分析官だった父の足跡に出会いますが、父を思い起こし、あなたが愛したのは自分が容姿を受け継いだ女であって自分ではなかったのだろうと、ひとり涙する隆さんが切ないです。
作中ではプラチナ・ビーズからそう長い時間が経っているわけではないのですけれども、隆さんに出会ってから20年近く勝手に見守り続けてきた気分になっている者として、あなたの人生は確かに大変なことも多いかもしれないけれど、決して悲しいばかりではないのだと、確かにあなたは愛されているよと、隆さんに言ってあげられる日が来てほしいです。

 ー世界はすぐにヨハンを忘れた。
エピローグのこのくだりには、はっとさせられました。
現実に起きた暗殺事件を憶えている人は多いでしょう。しかし、ただ記憶の片隅におぼろげな知識としておさまっているだけ、という方が大半なのではないでしょうか。詳しい状況や背景、そのことがもたらした影響・・・そんなことに日常生活の中で思いを致す機会はほとんどありません。
多くの人々の記憶が風化していったとしても、そこでは確かに何かが起きていて、人がいて、それぞれの思いや行動の意味がある。決してなかったことにはならず、今後いつか、どこかで、何事かに繋がっていく。
それらを静かに観察し、拾い上げていくのが隆さんたち情報屋なのかもしれません。

私はずっと鉱物シリーズの続きを待っていました。
まず、作品を出版してくれた五條先生と小学館の皆様に感謝を。
本作と対になる冬樹さんの「碧き鮫は野に放たれ」、そしてソウル・キャッツアイ」が、誰でも手に取ることのできる書籍として世に出る日を願っています。
そして、さらに我が儘を言わせてもらえるなら、やはり第1作の「プラチナ・ビーズ」も書店に並べてもらいたいです。本作をきっかけとしてシリーズを知った方にも、鉱物シリーズを楽しんでもらいたいから。
もちろん、ひとつひとつの物語だけでも面白いのですが、やはり、この物語はプラチナ・ビーズから続く一連の物語ですから、通して読むことで魅力もより際立つというもの。
隆さんがずっと抱えている父の死への複雑な思いに切なくなったり、毎度の上司に対する文句にクスリとしたり、隆さんの周りの様々なキャラクター(みんな本当に一癖も二癖もあって魅力的!)とのエピソードを想ったり。
そんなふうにこれから先も多くの人が鉱物シリーズを楽しめるようになればと思います。


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