ほなちゃん
どうにかして、わかり難い福祉の制度やサービスについて楽しくわかりやすく必要な人に伝えたい社会福祉士メイドの挑戦。
私は訪問介護の仕事をかれこれ7年続けている。 保育士の仕事は一年も続かなかったが、利用者さんと一対一で支援するこの仕事は自分に向いてるらしい。 そして発達障害メイド喫茶スターブロッサムは2021年から活動を始めている。今年で3周年を迎える。 私はスターブロッサムの副代表として活動を続けてから 訪問介護の仕事と同時並行である。 私はこれからもこの働き方を続けたいと思っている。 スターブロッサムの活動と訪問介護の仕事は関係ないようで密接していると考える。 その理由は わか
2021年の夏から始まった「発達障害メイド喫茶スターブロッサム」 同年の9月に初イベントを行い、その後代表から副代表をやらないかと声をかけてもらい 現在にいたる。 今年で3年目に突入するわけで この3年間さまざまな出来事があった。 思い返せば初めてイベントをした日は学園祭のような純粋に楽しい気持ち、わくわくするような。 社会人になってからもこんな青春できるんだと感じた。 翌日普通に訪問介護の仕事をしていることに1人でふと笑えてきたことを思い出した。 初イベントにも関わ
2024年2月3日(土) 無事に【メイドさんと学ぶ障害年金についての勉強会】が終了しました! 遅くなりましたが、来てくださった方ありがとうございました! 勉強会を機にスターブロッサムへ初めてご帰宅してくださった方もいて嬉しい限りです。 メモを取る方や臼井さんに質問する方もいて 本当に有意義な時間になったなと感じます。 (中にはこの後レポート書いてくださった方も) これからも障害年金に限らず、福祉サービスについて楽しくわかりやすくお伝えできたらと思います。
いよいよ来週2月3日(土)にて 会場:カフェドココ、13:00〜14:30 【メイドさんと学ぶ障害年金についての勉強会】イベントが開催されることとなった。 スターブロッサムの社会福祉士メイドとして一歩前へまた進むことができたと思う。 このイベントを開催するにあたり、 社会保険労務士法人 渡辺事務所の臼井氏、 そして代表にはとても感謝している。 今後は障害者手帳の申請、就労支援などについても触れていきたいと考えている。
先月、チラシ現物ができて 間借りのお店でおくのは勿論、11月に阪神百貨店西宮で行われた 【慌てるメイド 見守る客】展にても置かせてもらった。 阪神百貨店西宮での写真展では、有難いことに沢山の方に手に取っていただき、 チラシがなくなり増刷することもあった。 普段の間借りのお店でもチラシを紹介すると、良い反応をしてくださる事も多い。 ただの発達障害メイド喫茶ではなく、福祉制度を紹介できる場所でもありたい。 ただし、メインは接客やドリンク、フード提供なのでお客様が多いと詳し
私は今年の第35回社会福祉士国家試験に合格して、社会福祉士を取得した。 さて、皆様は社会福祉士と聞いて何をする資格なのか分かるだろうか? 多分言葉を詰まらせると思う。 看護師や保育士みたいな業務独占ではなく 名称独占だし。 私もよくわからなかった。 社会福祉士とは。 このように定義されてる。 社会福祉士の主な仕事として挙げられるのは相談援助業務であろう。 ただ、この社会福祉士は受験資格を取得するのが困難な上に、難易度も福祉系国家資格の中では最難関。 それなのに
早速、社会保険労務士法人渡辺事務所の臼井氏も迎え、代表、私、臼井氏の3人でグループLINEを作りリーフレットの作成を始めました。 まず私が下書き、構成を行い その内容を臼井氏に添削していただき、 代表には全体的なアドバイスをしてもらうという形で進めることになりました。 最初は障害年金と障害者手帳の申請両方とも執筆したかったですが 代表からのアドバイスで初めて紙媒体を作るということで とりあえず手始めにスタブロのチラシの裏に障害年金について表記することにしました。 反応を
私は発達障害メイド喫茶「スターブロッサム」の副代表を務めています。 9月23日(土)に2周年イベントを行い、メンバー全員に一本以上のシャンパンをいただいた。 最初の頃には想像できなかった光景。 2021年の発足当時はただ「楽しい」だけ。 しかし、今は楽しさだけでなくメンバーのほとんどが発達障害を持ってるため、特性同士がぶつかり合ったり、集客や運営していくための資金や売り上げについてもよく考えて頭を悩ませました。 最初じゃ考えられなかった景色。 代表は産経新聞に掲載され
2023年2月5日に第35回社会福祉士国家試験を受験しました。 社会福祉士国家試験は第34回が合格点が70%の105点で波乱を巻き起こしました。 (公式の基準では60%基準で補整される) 合格率の30%前後の方を結局維持していたわけである。 特に104〜90点だった方はとても悔しい思いをされたことであろう。 そして今回の合格点はまさかの90点 去年の合格発表の後に各所から合格点の批判が相次いだため、今年は少し合格率が上がり、100点は越えないだろうとは思っていたが、
発達障害という言葉がよく聞かれる。 スターブロッサムの活動をしていると、やはり周りも発達障害と診断されている方が多い。 しかし、発達障害って定型発達とのグラデーションのようなものなもので、 診断がでている人もいたら、診断には至らなかったグレーゾーンと呼ばれてる人たちもいる。 私は今から5年前にADHD、適応障害で診断がおりた。 カミングアウトしたら「わからなかった」「(発達障害に)みえない」とよく言われる。 勿論、短い世間話や簡単なコミュニケーションで発達障害かど
私は精神障害者保健福祉手帳3級を取得している。 ちなみに診断名はADHD 適応障害(過去に診断されてる) 今年2月に申請、4月に取得。 京都市では、障害者手帳を持ってると等級関係なく市営地下鉄、市バスは無料で乗れる。 ありがたい この前は手帳で、京都でやってるジブリ展を無料で見てきた。 なんやかんや、手帳ライフを満喫している。 でも、手帳を出すことにより偏見のような眼差しを感じる事は多々ある。 仕方ない、地下鉄、市バス無料の代償だと思うことにした。 職場や、一部の友達
皆さんは依存と言う言葉にどのようなイメージを感じますか? 依存といえば アルコール依存、ギャンブル依存、ゲーム依存、恋愛依存、SEX依存など 様々な依存症の名前がある。 Wikipediaによると 依存(いぞん、いそん、英: dependence)とは、身体的依存を伴うもしくは伴わない、薬物や化学物質の反復的使用である。行動的依存、身体的依存、心理的依存は物質関連障害の特徴である。 うんよくわからない とりあえず、これを身体的に心理的に
久しぶりの更新です。 書いてるうちに、思い出してしんどくなったりして停滞してましたが終わらせます。 祖父が亡くなって翌朝、母も到着してた。 私は一度自宅に戻り、1人でゆっくり夜を過ごした。 叔父は葬儀場に祖父の遺体と一緒に向かってから祖母の家へ戻ってきた。 当時、緊急事態宣言が出ていた。 弟はたまたま実家に帰省しており、緊急事態宣言が出ている地域にまた戻らすのは、、と父が渋り母のみ京都へ来ていた。弟も葬儀に出席したがってたそうだが、それはまた別で書くとする
8月31日夏の終わり 叔父から祖父が体調が悪化したと連絡があり、京都へ向かっているとのこと。祖母にも病院へ行くように伝えたとのこと。 私はその時、仕事中で、夜勤も控えていた。 夕方17時半を回った頃、ふと病院に行かないと、行かなければ後悔するのでは?と頭によぎった。 仕事が終わってから一度家に戻り、夜勤の準備してからバイクで病院へ向かった(実際は祖母の家にバイクを置いてからタクシーで病院へ行った) 母にも今から病院へ行くと連絡した。 タクシーを拾い、病院へ向かった。
祖父が誤嚥性肺炎で緊急搬送された。 叔父も徳島から駆けつけた。心配な状況だったと言う事で、慌てて母も高知から駆けつけた。 祖父の様子を動画で見せてもらうと、酸素マスク付けながらも、喋れていた。 母と、祖母だけ面会させてもらった。母は「これで(祖父)と会うのは最後かな、、」と、話していた。 家では、祖母、叔父、母の親子3人で、これからのことについて話し合ってた。祖父が亡くなったら、祖母は叔父のいる徳島へ行くことになった。この年で、また慣れない地へ行くのは気の毒に思えるが
先週、初めてメイドをする事になった。 初めてオムライスにケチャップでお絵描きしたり、 なんとご指名でチェキを撮って頂いたりした。 メイドさんしてて思ったのは、癒しを求めに来てる人が多い。中には一人暮らしで、手料理に飢えてるというご主人様もいた。 手作りというのは、食中毒などのリスクもあるが、人の心を満たすものがあると思ってる。 今では、メイド=萌文化的な意味合いが強いが、元々メイドというのは、使用人のことを指す。 共通してるのは、奉仕の心が大切だと言うこと。どちら