ホワイトラビット
作者:伊坂幸太郎
3人称多元視点で書かれる。
話のまとまりごとに、その視点は色々な人に変わっていくのだが、もうひとつの変わった視点が登場する。
「作者」だ。
物語のヒントをくれる。
ときには裏情報みたいなものも。
ここは関係がないからあえて省こう。とか。
この話はのちのち重要になってくる。とか。
この人は後で登場した時に詳しく説明するから待ってて。とか。
本作で何回も登場するレ・ミゼラブルでも作者が登場して、場面転換したり、助言したりするらしい(私は読んでいないから分からないけど)。
また、場面展開のときち用いられる1cm程度のイラストは、この本に関わるレ・ミゼラブルを想起させる。
はじめに
この本の内容について少し記そう。
この本は、「白兎事件」という事件を軸にして書かれている。
仙台の高級住宅街で発生した立てこもり事件。
犯人はその家に住んでいる1家を人質にして、ある人物を探してくるように警察に要求する。
そもそも、立てこもり事件というのはかなり難しい。警察に包囲されるため、逃走は困難に近い。お金などを要求するならもっと他の方法をとるほうが懸命だ。
だから大抵の立てこもり事件というのは、被害者や警察への怨恨だったり、突発的に起きた、つまり犯人にとっても想定外の事件だったりするケースが多い。
今回の「白兎事件」に関していえば、後者の方だ。犯人は急いでとある人物を探さなくてはいけなかった。その人物につけたGPSを頼りにして侵入した家で、白兎事件を起こさざるを得ない状況に陥るのだった。
ここで1つ、私は今「立てこもり事件=白兎事件である」というような説明をしていたが、本当のことを言うと、そうではない。
いや、実際作者もどこからどこまでを白兎事件と定義すればいいか悩んでいる。そもそもの話、白兎事件と呼ぶのも本の中では作者のみだ。定義など無いに等しい。
事件の概要
色々な人物の視点から白兎事件を見ることで物語は進んでいく。色々、とは言ったが、基本的に「犯人」、「人質」、「警察」からの視点がほとんどだ。
まずは犯人。
兎田と呼ばれる男は、誘拐を主な手口とする犯罪会社(組織)の末端である。ある日、組織の社長に大事な妻、綿子ちゃんを誘拐されてしまう。
「オリオオリオを今日中に見つけ出せ。」
犯罪組織は少し前に大金を横領され、隠されてしまった。隠し場所を知るのは、折尾豊(オリオオリオと呼ばれる)というコンサルトをしている男だと踏んで、その男を探すために兎田を利用した。
大変な愛妻家である兎田はオリオオリオにつけたGPSを頼りに、ある家へ侵入する。そこで家の人と鉢合わせてしまう。
さらに悪いことに、人質の息子、勇介に隙を見られて警察を呼ばれてしまう。やむなく兎田は父、母、息子(勇介)を人質として、警察に
「オリオオリオを見つけ出せ」
と電話越しに要求する。
次は警察だ。
仙台警察の夏之目課長とその部下春日部。警察側はこの春日部目線で基本的に語られる。
夏之目は優秀な男だ。犯人を逆上させないように、だからといって下手に出ることも無く、淡々と交渉を進めていく。
最初はオリオオリオの捜索をする。犯人はこの近くにいるはずだ、とかオリオン座に詳しい、とか曖昧な情報しか言わない。
とりあえず捜索すると、あっけなくオリオオリオは見つかる。電話越しに犯人と会話させ、犯人もオリオオリオ本人だと認める。
この事件も解決か?と思いきや、そうではない。まだまだ事件は続く。
犯人が強く求めるオリオオリオに何かある、と警察は怪しむが、本人はずっとシラを切っている。
犯人がオリオオリオに食べ物を持ってこさせろ、と要求してきたが、オリオオリオはそれを切実に拒否する。
結局は隣の家から犯人のいる家のベランダにおにぎりを投げ入れることになった。
ここで私は疑問に思う。
(兎田の目的はオリオオリオを見つけだし、社長に引き渡すことではないのか。姿を確認しただけではまだ不十分だ。しかもこの警察の包囲の中、どうやってオリオオリオと逃げ出すのだろうか。)
ひとまずこの疑問は置いておこう。
まだまだ物語は続く。
オリオオリオは食べ物を投げ入れた後、突然、
「次にこの携帯にかかってくる電話の位置を特定してください」と警察に言う。
そして、オリオオリオは立てこもり事件の犯人の裏に犯罪組織が潜んでいることを警察に明らかにする(あくまで自分は関係ないの一点張りだが)。
次にかかってくる電話の位置と、入手したリストの位置を合わせると、オリオン座のような形になり、犯人の本拠地の場所がわかる、と主張した。
電話は確かにかかってきた。だが、逆探知をして位置を特定しても、オリオン座の形になっているとはお世辞にも言えず、警察はそっぽを向いてしまう。
それから少し経つと突然犯人はベランダから飛び降りてしまうのだ。
え、綿子ちゃんは??
となる人も多いのではないか。
実は白兎事件の本当の顔が見えてくるのはここからなのである。
ここで人質の視点で見てみる。
銃を持った男が家に入ってきた。
母と勇介は縛られ、2階にいた父もすぐに見つかってしまった。
とは言ったものの、実は父は本当の父ではない。複雑な家庭なのか。いや、それも違う。
2階にいたのは単なる空き巣だったのだ。
空き巣の名は黒澤。忍び込んだ家で立てこもり事件が始まり、本当のことを言うと面倒なのでとりあえず父だと言っておいた。ほかの2人もパニックなのでとりあえず話を合わせた。
しかしすぐに兎田には父親ではないとバレてしまい、本当のことを話す。そしてそこの話の流れで兎田が立たされている状況も人質たちに明かされる。
黒澤は人の誘導や読みが上手かった。
それと同時にもうひとつの真実が発覚する。
「オリオオリオはもう死んでいた」
実は勇介がひょんなことから赤の他人であるオリオオリオを死なせてしまっていたのだ。母は息子を憐れみ、死体を隠すことに決めて家の2階に隠した。
兎田は絶望する。
オリオオリオは見つかったが、社長の目的はオリオオリオの口から金の在処を聞き出すことだ。死人に口はきけない。
途方に暮れている兎田に対して、黒澤はある提案をする。
綿子ちゃん救出大作戦。
もうオリオオリオはどうでもいい。
兎田は綿子ちゃんさえ守れればよい。
ちなみにこの時点ではまだ勇介が警察に通報した直後。現場はまだまだ静かだ。
兎田の携帯には社長の稲葉という男からときどき状況確認の電話がかかってくる。それを利用して、警察に逆探知をしてもらうのだ。
ここまで来たらなんとなく察しがつくだろう。
兎田は別の場所にいてもらい、オリオオリオに扮した黒澤が、怪しまれないような流れで兎田の携帯にかかってくる稲葉の電話を逆探知してもらう。
その結果を兎田に送り、兎田は綿子ちゃんを救出に向かう。
家の中の犯人役と人質役はというと、黒澤の空き巣仲間である中村と今村という少しだけポンコツな2人組に協力してもらった。
もちろん、本当の人質だった母と勇介はもう不要なのでこの時点で解散だ。
ここからは先程警察のところで書いたところと重なるので省略する。また、詳しいやり方などを書いていると長くなるので、そこも省略させてもらう。
連絡を貰った兎田はすぐに車で綿子ちゃんと稲葉の元へ向かう。
その少し後に無事に犯人の役目を終えた中村と今村が、稲葉たちの居場所のメモを拾い、興味本位で稲葉の元へ向かう。
そしてそれを見ていた夏之目とオリオオリオ(黒澤)は中村たちを追いかける。(ちなみに、中村たちは警察に扮して家から逃げ出し、その格好のままタクシーに乗り込むところを夏之目に見られ、夏之目が怪しんでいるところを黒澤が見ており、黒澤はオリオオリオとして、犯人の一味かもしれない、と夏之目を言いくるめ、追いかけるに至った。)
その後はなんだかんだ綿子ちゃん救出に成功するのだが、まだ隠されている事実がある。
しかし、ここまで説明すればある程度の事件の流れは説明できたと言えるので、物語の説明はここで終えることとしよう。
感想
長かった。
事件の内容を説明しただけなのにこんなに長くなるとは。
作者はホワイトラビットに出てくる、レ・ミゼラブルなどを「物語をふくらませるドライイーストやベイキングパウダーのようなものだ」と言っている。
noteには書いていないが、夏之目課長の過去の秘密や人質たちの本当の父の話なども、物語をふくらませる膨らまし粉なのだろう。
もしかしたら、私が最低限この事件には必要な要素だと、このnoteに書いたことにも、ドライイーストが含まれているのかもしれない。
しかし、私は省けなかった。純な小麦粉はとりだせずに、無意識のうちにドライイーストが入った美味しいパンを作ってしまった。
しかし、このドライイーストのおかげでホワイトラビットが最高に美味しい物語になっているのは確かだ。
どんどん進んでいく話、どんどん明かされる真実、そしてたまにひょっこり現れてヒントをくれる作者。
隠された小さな伏線や秘密もどれも書かせない隠し味になっている。
私は昔から要約が苦手だった。
もっと簡潔に、文をまとめる力をつけるには、このドライイーストを見抜く力をつけた方が良いのかもしれない。
言いたいことがとっちらかっている文ではなく、まとまった、軸のしっかりした文を書けるようになれたらいいなぁ。
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