見出し画像

それぞれが向かうところ  book review

『ほとばしる夏』
J・L・コンリー・作
尾崎愛子・訳
福音館書店 2008

 人がよりよく生きるために何が重要かと訊かれれば、私は迷わず『決めること』と答えると思う。自分の言動を自分で決める。そのため自分を知り、自分に正直であること。でも、自分一人だけでは決められない物事は多い。どうにもならないことは、人生にはつきものかもしれない。

 この物語の語り手、シャーナは作家を夢みる十三歳。両親、十二歳の弟コーディーとヴァージニア州、ウォーレンスバーグに住んでいた。祖父母の代から暮らす古い家の裏には、キャッスル川が流れている。川のことなら姉弟は何でも知っているという。

 ある日、こんな手紙を残して父はいなくなってしまった。「ぼくの求めてやまないものをつきつめて、自分がだれなのか、はっきりさせるべき時なんだ……」現実的な母とは逆に、父はどこか浮世離れしている。このことは瞬く間に町中に広まった。気分を変え、生活を立て直すべく、母は引っ越しを決意。会社に転勤を申し出て、家族三人はメリーランド州、ラグレードのタウンハウスに移り住む。

 ここは故郷の町とは違い、車に合わせてつくられた都会だった。学校の子は誰もがゲーム機を持ち、服装もファッショナブルだ。

 コーディーはここをひどく嫌っていた。シャーナは父親が恋しくて、手紙を待つ日々を過ごしている。ただ母にとって、この引っ越しは良かったようだ。都会の生活は新鮮で、職場の同僚はいい人たちばかり。その中の一人が、叔父の持つペンシルヴァニア州南部のリアナ川辺の小屋を夏中貸してくれるという。

 そこは針葉樹林に囲まれた美しい渓谷だった。道もなく、周りには人もいないし電気もない。コーディーは夏休みをここで過ごしたいと切望する。でも、母の職場までは車で一時間もかかる。いくら二人が野外に慣れていても、やはり心配だ。そこで三人は話し合い幾つかルールを決めることにした。

 自然の中でコーディーは本来の姿に戻ったようだし、いかに都会が自分たちの肌に合わなかったのか、シャーナも実感する。ラグレードの高校には創作コースがあるらしい。先生は日記や詩を書くよう勧めてくれたし、休み中に読む本のリストももらっている。父から手紙も届いた。そんな矢先、事件は起こる。

 突然の悲鳴にシャーナが小屋を飛び出せば、見知らぬ老人がコーディーにピストルを向けていた。老人は自らを森林管理官だと名乗り、この土地から立ち去れという。このことを母が知れば、ここにはいられなくなるだろう。

 母には秘密にしたまま、姉弟と老人の不思議な交流が始まった。親しくなればなるほど、老人の健康状態は気がかりだ。無謀な望みや偽りも、知ることになる。

 夏が終るとき、老人は逝ってしまう。父は戻らない。母は離婚を決断する。シャーナとコーディーは、望む場所が違う。

 この物語は、単に自然の中でひと夏を過ごした姉弟の成長物語だけではない。父も母も老人も、そして、シャーナ、コーディー、それぞれが、自分の人生を自分で決めてゆく物語なのだと私は思う。

 この夏の体験から、シャーナは何を物語に書くか決めた。出だしに何を書くのかも。コーディーと一緒に暮らせなくても、自分の夢に近づくためラグレードの高校へ進むことも決めただろう。「あのね、もし選べたとしても、……」そうコーディーに話しかけたとき、私は胸が一杯になってしまった。

同人誌『季節風』掲載


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?