マガジンのカバー画像

彼女とあの娘と女友達(あいつ)と俺とシリーズ

35
男女の奇妙で複雑な性愛と、料理や食事を絡めた連作短編です。
運営しているクリエイター

#短編

1979年の渡し船 Ferry del año 1979

 年末も押し詰まって金融機関の営業日を確認すると、せわしない気分を超えた諦めが漂い始めた。あれほど騒がしかったクリスマスさえ、すっかり正月が上書きしている。さっき銀行の窓口が閉まったばかりだと思っていたのに、外をみるとすっかり暗くなっていた。暖房の設定を少し強めながら、夕食の算段を組み立てる。  ソーシャルメディアにさみしい心を抱えた娘たちが現れるまで、まだしばらく余裕がある。いや、しばらくなんてもんじゃないな。料理して食事して風呂に入って、それからでも少し早いくらいか?  

有料
100

中華の心 Corazón chino

 外食を妙に毛嫌いする、不思議な娘だ。  初めて会った夜にしてから、そうだった。  駅で落ち合ってから喫茶店での雑談という体裁の、まぁ最終確認まではいつものように『手順を踏んで』いったが、そこから「晩御飯でも」となったところで「どうせならおじさんの家で食べましょうよ。コンビニでなにか買っていってもいいし」と、なれた口調の飾らない笑顔で娘から申し出たんだっけな。いちおう、喫茶店でのやり取りからそういう雰囲気を漂わせていたし、決して意外ではなかった。そもそも出会った直後の印象か

有料
100

偽りの大地:Tierra de falso

 夕暮れ時のサーバルームは空調の風切り音がうるさいばかりで、妙に人の気配がなかった。ところが、ペットロスの女に言われるがまま架列(がれつ)の間をとぼとぼ歩いていると、ラックの彼方には作業者の姿がちらちら見える。 「ここで仕事する人もわりといるんだね」  ちょっと大げさなほどすばやく振り向いたペットロスの女は、キツめに『黙って』と口に手をやる仕草を見せ、また静かに歩き始めた。やがて目的の架列を見つけると、側面の制御盤でラックの閉鎖を解除し、メッシュ扉を開く。放熱ファンの音がわっ

有料
100

お久しぶりのポニーテールとチルド餃子

 梅雨時にしても肌寒すぎる薄暗い昼下がり、液晶がほんのり光る。だるい気持ちを押し殺してスマホをつかんだ時、早くも画面の輝きは失なわれていた。  めんどくさい。  端末を投げ捨てたい衝動を封じ込め、重たいだるけがみっしり詰まった指先で認証を解除する。通知が表示され、機械的に情報を目視して、ようやく頭の処理が始まる。  発信者は……。  ほぅ、お久しぶりさんだな。  メッセージを表示するとともに脳の処理速度を上げ、内容と送信時間を確認しつつ、発信者のアカウント使い分け状況を思い出

有料
100

寒々しい朝を温めることも出来ないチーズだけのホットサンド

 そぼ降る雨の中、黙々と歩いていた。既に立春から半月以上は経っているのだが、みぞれ混じりの雨が靴下まで染みて、足を踏み出すことさえおっくうになりつつある。そういえば、むしろ立春ごろのほうが暖かかった。  とはいえ、急がねばなるまい。トークライブの会場には腐れ縁の女と猫っぽい娘が待っているはずだ。いちおう、イベント開始時刻には間に合わないので、あとから合流という手はずにしていたが、ここまで遅くなったのは想定外もいいところ。  そろそろイベント終了の頃合いだが、この期に及んでは時

有料
100

あの日、食べ損ねたプレミアムなグラノーラ

 立春は過ぎたといっても驚くほど暖かな夜、ネットTVの窓をたたんで通話中の女を気遣う。そうすると、こんどは薄壁一枚むこうの台所から切れ切れに聞こえる声が気になり、複数ソーシャルメディアを一括表示するクライアントを前面に出す。わずかの間に未読が山をなしていた。嫌な予感を確かめるようにタイムラインを流すと、在日だのフェイクニュースだのまとめサイトだのといった文字列が目に止まる。どうやら火元の雑居ビルにはコリアンパブと朝鮮系の金融機関が入居していたらしく、既にネットの話題はその方向

有料
100

女性フォトグラファーと品川丼

 部屋に差し込む光がはっきりと濃い黄色みを帯び始めた頃、女性にしてはやや肩幅の広い、がっちりした影が床に伸びていた。ショートパンツから鍛えた太ももをむき出し、ひと昔前のプロが持っていたようなごついカメラを構える女性フォトグラファーが、マットの上で重なった俺と女を見ながら軽くうなずく。  重なる女は自らあてがい、ひと息に腰を下ろした。低くうめき、背中をそらす女の、豊かで重い胸に俺は下から手を伸ばす。いつもなら、それだけで歓びの歌も高らかに腰を力強くひねり、押し付けてくるのだが

有料
100

韓国産キムチラーメンとスパイスドラムのライム抜きキューバ・リブレ

 気がついたのは確か、金曜の午後だった。    少し前の週末、俺はいつものように猫っぽい娘へメッセ飛ばそうとソーシャルアプリを立ち上げたら、知らん間にブロック食ってたというわけ。  いつかはこんな形で切れる関係だろうとの思いが、ずっとどこかで佇んでいたにも関わらず、猫っぽい娘の喪失感は自分でも受け入れられないほど強い。そればかりか、それに動揺している自分を直視すると、自分の不安定さに呆れてまた動揺するという、ほとんどパニックに近い連鎖まで発生している。結局、その週末はなにも手

有料
100

ヤリ部屋と補身湯と昔の男

 ゲイカップルポートレートの写真展とトークイベントは思いのほか盛況だった。駅前に向かう細い道は歩道から人が溢れ、たまりかねたワゴン車が軽く警笛を鳴らす。思わず端へ身を寄せた時、ぽんと肩を叩かれた。 「お久しぶり、生きてました?」  短めの髪を無造作になでつけた細身のちょっと小柄な青年が、見るからに安っぽいメガネの奥からニコニコと微笑んでいる。やや奥まった大きな目と、本人が言うところのラクダのように長いまつげは、相変わらずチャーミングだった。  よせばいいのにきっちり髭をそった

有料
100

高純度カカオチョコを使ったビターなダークチキンモレのバレンタインディナー

 なんとなくフォローしていたコスカメコが新作をアップしていたから観に行くと、速報扱いでソシャゲのバレンタインイベントを再現したコス写も入っていた。フットワークの軽さに舌を巻きつつも、つい「まだ引っ張るのか、バレンタイン……」などと毒づいてしまう。これがクソダサ写真ならファボ乞食で片付けられた。ところが、受け取る男キャラを長身の女性レイヤーが男装していたり、定番のポッキーゲームもベタに横から撮らず見返り姿を主観構図でうまくまとめるなど、センスの良さや完成度の高さが見事なだけに、

有料
100

持て余したアクアパッツァに残ったひき肉を混ぜた見た目の良くないバジル風味リゾット

 ソレに気がついたのは、金曜の昼下がりだった。  いつものように猫っぽい娘と週末の予定をすり合わせようとメッセ立ち上げたら、見慣れたアイコンがない。ふっと湧き上がる嫌な予感を押さえ込むように、猫っぽい娘のソーシャルアカウントを検索、しかし画面に表示されたのは、まさかのダイアログだった。  ブロックされているため……。  この期に及んでもなお、俺はまだ、現実を飲み込めなかったし、腹の底からこみ上げてくるなにかでさえ、自己の感覚を受け入れられなかった。いや、まだなにかが決まっ

有料
100

残り物の赤インゲン豆スープとひき肉の援助風ワンプレート

 スクリーンが暗くなると、ほどなくホールの明かりが灯った。  胃の腑から喉元まで湧き上がる戸惑いや苛立ち、しびれる酸っぱさを含んだ苦味を気取られないよう、抑えがたい己の昂ぶりを無理やりねじ伏せつつ目線だけを横へ向け、やはり居心地悪気な人影に声をかける。 「懇親会、どうします?」  その人影、おととしの夏にトークライブで知り合ったショートカットのちょっと猫っぽい娘は(マガジン「カマキリの祈りよ、竈神へ届け!」の「平らな顔の冷凍ピラフ」に掲載)そっと俺へ顔を寄せ「ぶっちして帰るけ

有料
100

デラックスアップルパイとギークな女

 シャワーを終えた女が風呂場から出てきた時、俺はまだ下着もつけていなかった。 「パンツぐらいはいたらどう? 先っちょからしずく垂れるよ」 「今日はもうしない?」 「う~ん、時間が微妙だし……なにか飲みたい気分」  壁の時計を見やるふりをしながらタメを作って、女は俺との微かな隙間に精一杯の優しさを詰め込む。別にプレイが雑だったとか、不調だったとか、そういうわけではない。雑と言うかラフなのはいつものことだし、それは互いにちょっと手を抜きつつ、わがままにそれぞれの快楽をむさぼる気楽

有料
100

鶏もも肉のソテーとクリスマスのステキなお知らせ

#Xmas2014 #短編小説  ミルクティーを片手にメッシュのデスクチェアに座ると、生尻が少し冷たい。パンツぐらい履けば良かったかなと思った時には、既にマシンをブートしてパスを打ち込み、マウスを軽く握りつつブラウザまで立ち上げていた。オークションの終了時間が迫ってるといえ、ついさっき精を放ったばかりの男根にティッシュを巻き付けただけの暗黒舞踏姿で液晶モニタと向き合うのは、あまり他人には見せたくない姿だろう。殺風景にカスタマイズしたポータルサイトからにぎやかなオークション画

有料
100