窓からいつもと同じ空が見える。

今日も天気が良いなぁ。

下を見れば外出許可の出た人たちが嬉しそうにしている。

同部屋のおばあさんもいた。

若い看護師に付き添われ、車いすを押してもらい、外を満喫している。


この部屋に来るのは何度目だろうか。

来たらまず1番に、カーテンを開けるのが私の仕事だ。

すると眩しそうに彼が起きる。

「おはよう」

私と彼の1日が始まった。


「今日も来てくれたの?」

何を今更、当たり前のことを言うのだろう。

彼は嬉しそうに笑う。

外の太陽に負けないくらいの笑顔で私を見ている。

「まあね」と答える。

その笑顔に私は救われていた。

きっと、彼も救われていたんだろう。


あるときから行かなくなってしまった。

私に彼氏ができたからだ。

もちろん、何回も見に行く顔の彼は彼氏じゃない。

だから私に彼氏ができても何もおかしいことじゃなかった。

彼氏と付き合いだして、徐々に彼に会う回数は減ってしまった。

それでも、たまに行くといつものように太陽の顔は健在だった。

安心していた。


連絡があった。

容態が悪くなったらしい。

連絡があったその日は会いに行けなかった。

不安で、胸が押しつぶされそうで、心を雑巾絞りのようにぎゅっとされるような感覚。

でも、もう一滴も水は出ない。

次の日、朝一番で会いに行った。

彼はいつものように寝ていて、カーテンを開けるといつものように起き出した。

「また来てくれたの?」

前と変わらない笑顔。

「まあね」それだけ答えた。


伝えたいことはたくさんあった。

でも、顔を見るだけでホッとして、会うだけで満足してたんだ。

それだけで、私の心は満たされてしまっていたんだ。

彼が生きていたから。


「なぁ、もう大丈夫だろ?」

急に彼が話し始めた。

「君に俺はもういらないよ、もう大丈夫。

最近は来ることも少なくなった。

もう俺がいなくても、大丈夫。

俺の顔を見てないときどうだった?

何もなかっただろう?

どうもなかっただろう?」

私は黙って彼の言葉を聞いていた。

「幸せになれよ!」

相変わらずの眩しいくらいの笑顔。


私は黙ったまま少し頷いて、いつもの部屋を出ようとした。

少し立ち止まって振り返ると、さようなら、と言った彼と目が合った。

その顔はもう私の知ってる顔じゃなかった。


数日後、彼が亡くなった。

死因は、あのいつもの窓からの飛び降りだった。

どうして?

彼を殺したのは病ではなく、彼自身だった。

自らの手で遠いところへ行ってしまったのだ。


私と彼はよく似ていた。

生まれた場所も、生きてきた環境も違うのにどこか私たちは似ていたんだ。

でも、私と彼の違ったところがある。

彼は、ちゃんと伝えてくれた。

私と違って、顔を見て、はっきりと思いを告げてくれたんだ。

あの日、私の、いつものカーテンをあける所から始まる日常が、少しだけ変わった。


どこか特別な人。

私たちの間に何か特別なことがあったわけでもない。

それでも、顔を見るだけで。

彼にとって私はどういう人だったんだろう?

私にとって彼はどういう人だったんだろう?

思い出すだけで少し、胸が痛くなる。

でもたったそれだけのこと。

不思議と、輝いてる星を見ると落ち着いてしまう。

いつもの明るい空に安心していた毎日から、輝いてる星を見ないと落ち着かない毎日に変わっていく。


いつでも会える、いつか会える。

そう思っていた人はいつの間にかいなくなってしまっていた。

大丈夫だと思ってた。

なんだかんだ大丈夫だって思っていたんだ。

遠くに行かないで欲しかった。

でも、それすら私は伝えていなかったんだ。


そんな悲しみの痛みを負いながら、今日も1番輝いてる星を見る。

すると、いつものように、心が落ち着いてしまうんだ。

まるで彼を見ているように。



ごめんね、さようなら。














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