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サブカル大蔵経282澁澤龍彦『高丘親王航海記』(文春文庫)

学生時代、澁澤龍彦は自分にとってのスターで、作品を貪るように読んでいました。

ただ、この遺作は、何となく読まないまま今に至り、今回初めて読みました。

幻想と現実が混ざり合う中で、生々しく、かつ、淡々として、〈小説の原点〉のような作品でした。

解説で、高橋克彦さんが、40歳50歳になってまた読み直してほしい、と書いてありましたが、私も今出会えて良かったです。

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その内部まで金無垢のようにぎっしりつまったエクゾティシズムのかたまりだった。p.23

 インドへの憧憬。純粋なインド愛。

とても楽しかった。でも、ようやくそれがいえたのは死ぬときだった。おれはことばといっしょに死ぬよ。p.34

 言葉を解する儒艮。澁澤の化身?

わたしもあえてアナクロニズムの非を犯す覚悟で申し上げますが、p.37

 盟友・種村季弘の書名

「カリョービンガ」「そう、天竺の極楽浄土にいる鳥よ。まだ卵の中にいるうちから好い声で鳴くんですって。顔は女でからだは鳥。」p.61

 博物的小説。仏教という博物図鑑。

今日の糞もだいぶくさいな。このごろは、かわいそうに、わるい夢ばかり食わされているものと見える。p.92

 漠は何を表していたのか。漠が食べているのは夢でなく、本なのでは。

つまり、蜜人を採ることに失敗すれば、みずからもまた蜜人になってしまうということですね。p.122

 蜜人。山田風太郎の『蠟人』を想う。澁澤と風太郎は接点あったのかな。

考えてみれば、みこが真珠のような明珠をこよなくお好みになるのも、失礼ながら、まあ一種の精神の病気といえばいえないことなないかもしれない。p.192

 澁澤自身を揶揄している。

のどの痛みは本物だった。本物の病気にちがいなかった。p.204

 幻想と現実

わたしもはやく真人の境地に達して、踵で息をすることができるようになっていればよかったとつくづく思うよ。p.232

 踵で息を…荘子を引用しながら…声出なくなってからの文章なのでしょうか…?


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