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サブカル大蔵経235橋本治『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ 前後編』(河出文庫)

本書は、橋本治、30歳の時の初転法輪。漫画家たちを、作品を通して評しながら、少女や少年や性や孤独や自分や狂気や社会や人間そのものを説く。圧倒的な経典。

解説が弟子筋の柳沢健。今やnumberでのプロレスノンフィクション史家。嬉しい。

前編は、倉多江美、萩尾望都、大矢ちき、猫十字社、山岸凉子。
後編は、江口寿史、鴨川つばめ、陸奥A子、土田よしこ、吾妻ひでお、大島弓子。

みんなだいすきだよー橋本治 扉

この、"みんな"は誰だー?

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〈前編〉
全信全疑とは、すべてのものが信ずるに値するものと、疑う余地もないつまらないものとの二つに分けられることだと初めに私は言いました。それは嘘なのです。本当は、自分が信じたいと思うものを、今信じることはできない、今そんなものを信じてしまえば、それは絶対につまらないものになってしまうんだ、だから自分が絶対信じられると思える時まで、それはないことにしてしまおう、と言うのが正解なのです。だから、倉多さんはすべてのものを、これは信じても大丈夫なのだろうか?と疑い続けました。p.57

 倉多江美という天才。

 信じることと疑うこと。世界を認識すること。もう、倶舎論ですよ。

私達が気がついた時、世界は既に滅んでいた。そして、もしあなたがまだ世界は滅んでいないと思っているのなら、あなたはまだ気がついてはいない。私達が気がついた時というのは私達が目を醒した時であり、同時に萩尾望都が目を瞑った時である。p.74

 萩尾望都という神。

 ポーの続編の連載がまた始まりました。目を開けられましたか。

大矢ちきは鼻の穴を鼻の穴として描く。下唇の如くに。だから鼻の穴も又、エロチックなのである。p.144

 大矢ちきという妖精。

 ぴあに移ってからも、その計り知れない影響力。

『天人唐草」は羽田空港に於ける、発狂した響子の叫びー"ぎぇーっ"で始まる。(中略)空港で彼女の狂気の姿を見ることによって人々がたじろぐのは、彼女がその無力を梃にして、強力に、自らを抑圧に追いやった世界の非を鳴らしているからであり、彼女がそうした力を身につけたというこは、そのまま彼女が解放されたということである。自立とは抑圧から解放された自我を維持し続けることでもあるから、その因って来たる来歴によって正当に狂人である彼女も又、まぎれもなく自立しおおせた女の一人なのである。それがどう見えるかは別として。p.214

 山岸凉子という鬼。

 昨年、上砂川町での山岸先生の講演会に行ってきました。その可愛いらしいたたずまいと御声と内容の厳しさは忘れられません。そこだけタイムマシンでした。

〈後編〉

丈は孤児です。だからパンツは自分で買いに行きます。p.23

『あしたのジョー』については、サブカル大蔵経66『熱血シュークリーム』参照。

『マカロニほうれん荘』とはつまり、そのタイトルページー扉絵にすべてがつまっているのです。p.51

 動く作品の動かない扉絵の表現。そういえば、楳図かずおの『わたしは慎吾』も。

オトメチックマンガというのは、女の子の為のポルノと同じなんです。だから、男の子はそんなの見ないのが礼儀なんです。p.126

 そうか、やはり少女漫画の見てはいけない感の深淵はこういうことか…。実際陸奥A子のラインが実話エロにつながっていったのかな?

"自分は人間だ"と言う意識を持った猫にとって、猫が猫であることは、たった一人取り残されるということです。p.216

 チビ猫、と一緒に泣きたいが、許されないのだろうか。

大島さんに『綿の国星』を描かせたものはなんでしょう。何がこの史上稀に見る"美しい"作品を書かせたのでしょうか?それは"生きてみよう"と言う意志です。自分は猫かもしれない、自分は鬼かもしれない、でも生きてみよう。"あしたね""またあしたね"と言ってみようと言う"意志"です。"生きてみよう"と言った時、初めて分りました。それまで自分の中には"生きてみよう"と言う意志などありはしなかったのだということが。あったのはただ、"生きている"ことを認識する意識だけでした。それはいつ"生きていない"と言う認識に変わるかもしれないものだったのです。"生きてみよう"と言う意志は、明日を見ようと言う意志です。明日には、その又明日には、何があるのか分らない、でも、そこに何かを見ようとした時、そこには確実に何かがあるのです。何かが待っている筈なのですー最高に素晴らしい、何かが。p.218

 大島弓子という哲人

 全編の中で特に大島弓子の章にドキドキしました。初めて二十四年組の作品を読んだ時のドキドキに似ている。『トーマの心臓』、『静粛に、天才只今勉強中!』、『綿の国星』、『日出処の天子』。得体の知れないところに連れて行ってくれる感覚。未知の世界が眼前に広がり、常識が崩れていき、足を踏み入れてはいけないところに誘われていく。今回久々再読して、もう帰って来れなくなるんじゃないか、と思いました。

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