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サブカル大蔵経139 岩明均『風子のいる店』全四巻(講談社漫画文庫)

 文庫版を取り寄せ、一気に読んだ。著者の作品への文章がカバー裏とあとがきで読めるのが嬉しい。連載デビュー作なのに、不自然なまでの突然の暴力や、リアルな顔と記号的な顔の併存は、今と変わらない一貫性を感じる。画風も森山塔のエロ漫画に近いような、新田あきおの劇画に近いような雰囲気。

 それにしても最初から最後までこんな不穏な漫画はない。昭和のゴッサムシティ。暴力、ヤクザ、強姦、中絶、精神異常者、殺人未遂、不良、ノイローゼ、自殺未遂、それらに涙と笑顔と酒で巻き込まれに行く主人公。最後も犯罪者に閉店後なのにオードブルを出す。漫画文脈として普通は成長と呼べない展開。でもそれがマスターを風子…と呼び捨てにさせるほど妙な説得力を持つ。この作品の中での成長とは、どもりがなおることでもなく、人格者になることでもなく、みさ子のような笑顔と自分なりに打ち込めるものを持つこと。ちなみにたくさんの異常者が出てくる中でも、見守るようでいてさらっと新しいバイトを入れてくるマスターの存在が一番漫画の登場人らしくなくて興味深かった。最後の新入りが妙にエロい感じがしたのも、不穏だった。

 最も印象深い話は、第37話、合格発表の日。ここまで不条理な展開は榎本俊二を彷彿とさせる。風子の連載が終わってからゴールデンラッキー始まったから、モーニングの不条理枠って実は、岩明均ー榎本俊二ラインだったりして。突然の暴力と死、異常と正常の混乱、この二人の天才性は近いと思う。そら、この当時のモーニングはすごいわ。

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ひきょうだぞ!横からいきなり!!

 いきなりシャベルで男の顔を刻む…。

いいかげんにしろよ!!ガキどもが!

 枝雀ばりの緊張と緩和…

よかった…風子でなくて

 マスター…

うるさいな!!ポキ

 人体をもてあそぶような…

…おれなんぞに…

 この常連の涙にも驚いたが、それを評論する風子とマスターにも驚いた。

「好かれるタイプ」って言われるとどうしても…うれしい…

 風子の〈天然〉はたしかに強いのかも。

ズシャ ひぐっ

 リアルな擬音

聞こえませんでしたか?コーヒーはありませんよ

 マスター渾身の名セリフ。

きっ喫茶店ていうのは!こ…この店は…し…仕事や疲れた人や…あ…歩いてきて…歩き疲れた人が…ひ ひと休みしよう…とか言って…あ…あたしにはこの人たちのことはわからない…いい人とか…悪い人とか…で でも疲れて…のどかかわいてちょっと……ちょっと休んでいこうって…

 このセリフが風子の成長をあらわすのかもしれない。これ読んで思わず私、近所にある喫茶店に久々行きました。カフェでもなく、こだわりの喫茶店でもなく、普通の喫茶店。それこそが実は一番貴重な存在でした。


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