できれば幸せになりたいから、「自分を変えたいな」って思ったのです。

幸せって、いったいなんですかね。

好きなことをできること、大切な人と一緒にいれること、美味しいものを食べられること、お金があること。

どれも幸せになる要素だけど、私にとっての「幸せ」って、その人自身が「あ〜、幸せだな」って感じる力があることだと思うんです。


というのも、私、ほんの数年前までほんっとうに卑屈な人間でした。

今でこそ「そんなふうには見えない」「信じられない」と言ってもらえることも増えたけど、以前の私は、人間の嫌なところを煮詰めたようなヤツだったんです。


才能がある人のことは気に入らない。

自分より恵まれている(ように見える)人を妬んで、心のどこかで見下している。

人の言動を勝手に嫌味に捉えて、いちいち噛み付く。



ドン引きされるのを承知で話すと、数年前の私ってこんな感じでした。本当にひどいもんでした。

では、そんな私がなぜ考え方を改めるようになったのかというと、「私も、できれば幸せになりたいな」って思ったから。

きっかけとかタイミングは全く覚えていないのですが、あるときふと思ったんです。


私、このままだと幸せになれないなって。


私が「自分ばっかり苦労してる」「自分はなんの才能もない、恵まれていない」って思っている限り、多分なにをやっても一生幸せになれないのでは?って。

仕事にしても、家事や趣味にしても、どの分野でも私より「デキる人」なんてごまんといるわけで、そんなん比べていたらキリがありません。

そもそも、なにに対して苦痛を感じるかとか、幸せを感じるかなんて人それぞれだし、私からすると「なんも苦労してなさそうでいいよね」って見えてる人も、ものすごく苦労しているかもしれない。

私は私なりに苦労も努力もしているつもりだけど、端から見たら「みきちゃんはいいよね」って見えていることもあるかもしれない。

私にだって、きっと持っているものがたくさんあるのに。

そんなことを想像もせずに、ただ自分のモノサシで人を見て「アイツは楽してる」「あの人は恵まれたから上手くいってる」って考えて、勝手に敗北感を感じていた期間が、長〜くありました。

けど、そんな考え方をしていたら、どんなにお金を手にしても、行きたい場所に行って欲しいものを買っても、就きたい仕事に就いても、「楽しいな、幸せだな」って、心から感じられるときは一生来ないのかもしれない。

問題は私の環境ではなくて、私の心の中にあるんだ。


私は、幸せを感じる力が、ちょっと弱いのかもしれない。

それってすごく寂しいな、損だなって気がついたとき「私もちゃんと幸せになりたいな」「こんな自分を変えたいな」と思うようになったのです。

なにごとにおいても「自覚がないと直せない」とよく言いますが本当にそのとおりで、自分の心が「あ、私このままだとヤバい」と気がつくまでは、人からなにを言われても「私は悪くない!」と本気で思っていました。

けど、自分で「変わらねば!」気がついてからは、「まずは自分がすでに持っているものに目を向けよう」と考えられるようになったんです。自覚って大事ですね。

もとが相当ひねくれていただけに、今でも疲れていたりキャパオーバーしたりすると、イヤ〜な私が顔を出してしまうこともありますが。

人生の目標って色々あるけど、最大のゴールはとにかく「自分は幸せだな」と心から感じられることだと思っています。

短い人生だから、きっと全部の理想は叶わないし、持って生まれた才能も、もう大半は決まっているのかもしれない。

そんな人生でも、できれば幸せになりたいから、「幸せを感じる力」をしっかりと養っていきたいと思うのです。

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